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還って来た日々 -12/25 [北陸短信]

                                刀根 日佐志

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ナミ、トシオが恐怖に満ちた声を出した。三郎もただ見守るだけだった。

三郎は仁の無鉄砲な行為が、取り返しのつかないことになりはしないかと恐れた。相手は有名な不良たちだと思うと、胸がドキドキと鳴る。仁は三人組に、どんどん近づいて行く。ちみつなところもあるが、無鉄砲で気の強い仁は、三人の内、誰か一人を捕まえて殴りかかるに違いないと三郎は考えた。

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(兄貴は右よりを歩いている。右端の一人をターゲットにしているがや。これはまずいちゃ。「鬼」と恐れられている東町左官屋の長男や。真ん中を狙えばいいがに)

皆よりも右側で、見ていた三郎は呟いた。

仁は毅然とした表情は崩さず、もう三人組の直前まで来た。三対一の視線が複雑に絡み、今にも結ばれた視線から、火花が散る瞬間が迫った。三人組の目付きが鋭くなり、両手を曲げて肘を腰の辺りに付け、握り拳を作って身構えている。仁は手をだらりとさせて、身構える様子はない。

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三人組からすれば、仁は袋の鼠であり、なされるがまま三人組に身を委ねたと思ったに違いない。ふらふらと吸い込まれるように、「鬼」の直前二メートルまで近付く。まさに、この瞬間、「鬼」と仁の間では雷光が走った。そこまでは仁の後ろ姿を見ることができたが、その後が素早い。気が付くと「鬼」の後方を、とうに仁は走り抜けている。

「どうしたがや」

 ナミがすっとんきょうな声を上げた。

「分からんちゃ」

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トシオは、きょとんとした顔をして叫んだ。でも三郎には、確かに見えた。

「鬼」の立つ所には、右手には鋳物工場がある。右手の側溝に平行して、その工場の軒下に当たるところには、人が一人通れるくらいのコンクリートが敷かれたスペースがあった。仁は「鬼」の正面へ飛び込むと見せて、右へと、そのスペースへ跳び、今度は「鬼」の後ろに回り込み走り去った。即ち、「鬼」の正面をコの字型に、通り抜けたのである。


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還って来た日々 -11/25 [北陸短信]

                                刀根 日佐志

 

          ( 二 )

三郎にはすぐ上に三つ違いで、身体が大きく喧嘩も強い兄の仁がいた。三郎が四年生になると、仁は県立中学に合格して中学生になった。当時は新制中学に移行する直前で、まだ旧制中学である。また、近くに仁より二つ年上で、不良と恐れられている私立中学に通う三人組がいた。仁に何かと言い掛かりをつけていた。特に理由があった訳でもない。生意気な奴だと決め付け、喧嘩相手にしたかったのであろう。 

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一方、仁は挑発には乗らずに、無視をしていた。ある夏の日曜日、午後は晴れた暑い日であった。トシオとナミと三郎は、袋小路になっている自宅の前で遊んでいた。

「サブ、あそこで三人組が何かひそひそ話しをしているちゃ!」

 トシオは怖いものでも見つけたように大声を出した。

「あの三人組やちゃ。喧嘩の相談でもしてるがや」

 ナミは一言一言、強調するように言う。

自宅の玄関から仁が、出てきたときであった。近所の幼稚園生が、彼らから何か紙切れを渡されて、走ってきた。

「あの兄さんが、この紙を渡してこいと言っていたがや」

一枚の紙切れを仁に手渡すと走り去った。

 仁は受け取ると、しばらく見ていたが、その紙切れをぽいと溝に捨て、何事もなかったように、三人組の方に歩いて行った。

「道路で待つ。話があるから来い」とだけ書いてあったのを、三郎は覗き見した。

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ひっそりとした午後、住宅が並ぶ道路には人影がない。その道路の百メートル前方には、ワセリンを塗り黒光りさせた学生帽を被り、学生服を着た強面で体格の良い三人組が、等間隔で道路をふさいでいる。

途中、仁が振り向いたように見えた。そのとき太陽は、頭上から少々、西に傾きかけ、前を向き歩き始めた仁の背中を、強い日差しが照らした。

「あの三人に捕まると、仁さんは、ボコボコに殴られるちゃ」

ナミは穴が開くかと思うほど、三郎とトシオの顔を見た。

それから、三郎、ナミ、トシオは恐る恐る三人組の近くまで歩み寄ると、そこからは仁の顔もよく見えた。

「仁さん大丈夫かな」


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還って来た日々 -10/25 [北陸短信]

                                刀根 日佐志

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焼けたコークスの色と、同じ位に赤熱した鉄片を、お父さんは、長いヤットコの先端で摘んだ。そして横にある機械ハンマーの上に載せる。ぺタルを踏むと重そうなハンマーが、ガタンガタンと上から下りてきて、焼けた鉄片を叩く。縦、横、裏側と方向を変えては叩く。

機械ハンマーの前で、座布団を載せた木の椅子に坐って、父さんは前を向いて黙々と仕事をしている。木の椅子は真っ黒に汚れており、座布団は黒光りしていた。何度も鉄片を焼いては叩き、それを繰り返して形ができると、足元にあるバケツの水に浸ける。ジュウと音がして沸騰した蒸気の泡があがり、同時に水煙があがる。あれは植木職人が使う木鋏になると、ナミは話していた。

乾いた音だけが、大きく反響している二十坪くらいの薄暗い工場は、天井から床まで黒く汚れて、潤いのあるものは何もない。華になるものがない。余りにも無味乾燥な雰囲気が漂う殺風景な空間である。でも、三郎は鉄が焼かれ打たれて、冷却され研がれて、鋏になるのを幾ら見ていても飽きなかった。

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目を凝らすと、コークスの燃え上がる炎は、鉄塊に底知れぬ神通力を与えている。すると、その真っ赤な鉄塊は機械ハンマーで鍛えられて、限りない可能性を発現する塊に変貌していく。最後に作る者の全ての技や魂が付与された刃物が、でき上がる。

小柄で撫肩に見える寡黙な父さんの鋭い目や、手の動きには、刃物に命を吹き込む方程式が刻まれている。そう思いながら見ていると三郎の目が、もう一度、父さんの一挙手一投足に、釘付けになった。気持もわくわくさせてくれた。

三郎が動かずに、じっと見ていたのでトシオとナミは痺れを切らして、工場を抜けて住宅の方に入って行った。遅れて三郎も参加した。三人で杉鉄砲作りに取り掛かった。


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還って来た日々 -9/25 [北陸短信]

                                刀根 日佐志

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 トシオは誇らし気な足取りで、一番先を歩いた。一列になって通り抜けたが、三郎はなるべく後ろを歩きたかったので、ナミの後を歩いた。

「おーい、竹を切って、今から杉鉄砲作ろうか」

三郎が歩みを止めて、皆に喋りかけた。

「杉鉄砲作ろう」

「作ろう!」

 何人かは賛同の声を上げた。

「わしのところで作っても良いちゃ」

 ナミは汗をにじませた顔を、手で拭いながら言った。

もう皆は竹林に一歩踏み込むと、細い竹を数本折っていた。

「わし、今日、家の手伝いや」

「わしもや、家に帰るちゃ」

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 ボウ、トノが言ったので、竹を持ち帰りそれぞれが、勝手に作ることにした。帰り道、三郎は今日の泳ぎのことを思い出していた。早く高嶺の花であるクロールが、泳ぎたいと思い、手で水を切る真似をして歩いた。

(明日からクロールの練習をしよう)皆に負けたくはないという気持ちが、頭を過ぎった。トシオもナミも、同じことを考えていたのであろうか、クロールの真似をしている。帰り道、トシオと三郎は、ナミの家に寄って杉鉄砲を作ることにした。

黒い板塀の入口を、くぐり抜けたところに大きな梅の木があり、ふさふさとした緑色の小さな葉が風にそよいでいた。数匹の蜂がブンブンと羽音をたてて忙しく、不規則に揺れるような飛び方をして、忍者のように、その木の葉間へ消えた。

梅ノ木を過ぎると左手に工場、右手にナミの自宅があり、工場からも自宅に入ることができた。その前に立つと、ガタンガタンと音が聞こえてくる。ナミが黒く汚れたガラス戸を引くと、鈍い響きがして開いた。その右奥でナミの父さんは、小さな炉の真っ赤に焼けたコークスの中に、細長い鉄片を長いヤットコの先端で掴み、差し込んでいる。

真っ赤な炎に熱せられた鉄片は、眩しいくらいに輝いている。その表面の所々に、黒い滓のような物が見える。それが真っ赤な輝きに、黒斑点のような模様をつけている。その模様が何とも目障りに感じ、三郎は無くなれば良いがと、もどかしく思う。だが繰り返される作業中、消え去ることはない。


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還って来た日々 -8/25 [北陸短信]

                                  刀根 日佐志

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河原に続く道を少し登ると、平坦な所に馬鈴薯畑がある。茎には濃い緑の大きな葉をつけ、先端に白い花が咲いている。風が吹くと大きく揺れた葉の間を、数羽の白い蝶が見え隠れし、風に逆らったり、また風の流れに乗ったり、少し強い風には吹き流されて飛んでいる。

良く見ると幾つもの群れが、大きな動作で何かの音曲のリズムに合わせて、純白の羽根で踊りを舞っているようであった。「春が来た」を歌ってみる。確かに、その旋律に調和しているように思われた。

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三郎はじっと見とれていた。

「サブ、なに見とんが! はよ行くまいか(早く行こう)」

ナミがサブの袖を引っ張った。

「ナミ、良く見てみい。蝶が踊りを踊っとる」

 ナミは投げ遣りな目線で見ながら、蝶には関心を示さない。

「あんなん、踊りじゃないちゃ、飛んでいるだけやちゃ。みんな待っとる。行こ!」

「ナミ、よう見てみい。音楽の調子に合わせて踊っとるように見えんか」

 三郎はなおも、蝶に拘った。

「なんも(なにも)見えんちゃ。サブ、はよう行こ」

「ほんなら、行こか」

三郎とナミは皆の後を追って走った。

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馬鈴薯畑を抜けたところで皆に追いつき、そこから坂道を登ると、一面に女竹の林がひろがっている。大人の背丈くらいの細い女竹が、入り乱れて生い茂り、その周囲には勢力争いをしているかのように、雑草も無造作に生えている。

その横に、短い草が生い茂る細い道がある。まだ青大将の残像が瞼にちらつき、三郎は竹林から突然這い出してこないかと、薄気味悪く感じた。とても先に立って歩く勇気はない。でも蛇なんか、平気であるという強がりの表情を見せていた。

「トシオ、お前この道は慣れとっから先頭歩けよ」

 三郎が言うと、乗りやすいトシオは得意げに言った。

「皆、わしの後へつけよ、わしが先頭を行くちゃ」


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還って来た日々 -7/25 [北陸短信]

                                 刀根 日佐志

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地面の上に置いたズボンの中が、盛り上がったように小さく波を打って動いている。ボウは不安げに自分のズボンを眺めていたが、裸のまま直立不動の姿勢でいる。近寄ってきたナミは、ボウのズボン摘むと、砂利の上に向け放り投げた。ズボンは小さな放物線を描いて飛び、下に落ちた。布のふんわり感ではなく、何か重しを含んだ感じの着地をした。砂利の上で、鈍い響きが聞こえてくるような感覚が、伝わってくる。

するとズボンから大きな青大将が、頭をもたげて這い出してきた。皆は後ずさりして恐る恐る見守った。濃緑色の背中を緩慢な動作でくねくねとさせ、悠然と近くの草むらの方へ移動して行く。

「捕まえろ!」

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 三郎は勇ましいことを言ったが、蛇は大きらいで怖くてしょうがなかった。本当に捕まえたらどうしようかと内心は恐れていた。本心は逃げて行って欲しいと願っていた。

皆は小石を拾うと青大将に投げつけたが、草むらに逃げ込んで行く。トシオは拾ってきた棒切れで草むらをつついていたが、見失ってしまった。

 ボウは恐怖心のためか顔面蒼白で、ズボンをはく勇気を失い、素っ裸で呆然と突っ立っている。

「蛇くらい、なんや! こんなもん、怖くないちゃ」

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 ナミは僧侶のような手つきで、ボウのズボンに手の平で掬った砂を、おまじないのように、パラパラと撒いた。そして念仏を唱えた。

「なんまんだ、なんまんだ、こいで(これで)大丈夫やちゃ」

ズボンの砂を叩き落とすと、神妙な顔つきでボウに手渡した。

「蛇は縁起が良い。お前は金持ちになるちゃ!」

 三郎は以前に母が話していたことを、思い出して言った。自分に当てはめてみたら、一度、蛇が入ったズボンをはくのは、気味悪く勇気がいることであると思った。

「そうや、わしの父ちゃんも言うとった。お前はお金たまるちゃ」

角張った顔で真面目な顔つきをすると、ナミは励ますように言葉を付け加える。ボウはまだ蛇の恐怖を引きずった顔で、しぶしぶと、ズボンを穿いた。


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還って来た日々 -6/25 [北陸短信]

                                刀根 日佐志

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 皆が言うと、今度は一斉に彼のチンポめがけて、小石を投げつけた。彼は堪らず手を前に当て立ち上がると、また川の方を向き、流れに飛び込んで行く。

「おーい、もう一回、入るまいか!」

 三郎は皆を促し、また泳ぐことにした。 

気がつくと、アヒルの集団が「グァグァ、グァグァ」と鳴き声を響かせ、ゆったりした速さで三郎たちの直ぐ近くを泳いできた。岸から棒切れを拾ってきたトノは、悪戯っぽくアヒル目掛けて水面をたたきつけたり、棒を振り回した。

アヒルたちが「グァグァグァ」とひと際、大声を上げ怒りだした。

数羽のアヒルが頭を水中に入れると身体も水に沈め、そこにいたボウ、トシオ、トノを目掛けて猛烈な速度で水中を突進してきた。標的は下腹部の突起物なのか、それをくちばしで、もぎ取るような勢いで突き進んできた。直前まで来ていても、水面からは、水中のアヒルの姿が判然としない。だから、さらに恐怖心をあおった。

「チンポ取られる! 取られる!」

大声でトシオとトノは、泣きそうな顔で叫ぶ。

「取られた!」

ボウは悲鳴に似た声を上げ大慌てで、水中で転んでしまった。あっぷあっぷしながら立ち上がると、岸辺へほうほうの体で逃げてくる。泣きべそをかいたような顔で、ハァハァと大きな息をして岸辺にしゃがみ込んでいた。

「ボウ、お前、取られていないちゃ。ちゃんと付いとる」

 三郎が言うと、ボウは前を見て、

「びっくりしたちゃ。取られたかと思った」

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愛嬌があり温厚と思われるアヒルも、怒り出すと動物の本性を現し、戦いを挑んでくることを三郎は知った。予想もしないアヒルの逆襲は、初めての体験であり、皆の驚きは大きかった。全員が岸へ上がったところで、アヒルを飼っている長身の怖そうな小父さんが、ゆっくりと歩いてきた。

長い竹竿を持って、上半身裸で、汚れた長ズボンの裾を捲り上げてはいている。三郎は怒られるかと思ったが、何も知らなかったらしく、無言で岸辺から長い竹竿で水面を叩きながら、アヒルを下流の方に誘導して行った。

「みんな、身体乾いたら、これで帰るぞ!」

三郎は皆を促し、帰ることに決めた。

「おーい、ボウのズボンなんや知らんが動いとる!」

トシオが叫んだ。


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還って来た日々 -5/25 [北陸短信]

                                刀根 日佐志

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川岸に、皆はランドセルを放り投げ、次々に服を脱ぎ捨て真っ裸になると、いち早く川に入った。川に入るまでの早さが競争である。最初は楓の木の所に着くまでを競ったが、いつもトシオが早かった。ボウはいつも、一番後からついて来た。

「明日から、川に入るまでの早さにしまいか」

 負けず嫌いのナミは、何とかして勝つ方法を考えていたのであろう。真剣な顔で、口を尖らせながら新しい提案をした。

「そーや、そうしまいか(そうしよう)」

 三郎も同意し、翌日からやり方を変えても、トシオは服を脱ぐのも素早く誰も勝てない。

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 皆は川に入ると足をバタバタさせて、手の平を前後に水を掻くガメ泳ぎで泳いだ。誰から習ったこともなく、見よう見まねで泳いだ。次の泳ぎを覚えるのが皆の目標で、平泳ぎも練習した。三郎は平泳ぎで五メートルも泳ぐと足をつけ、また泳ぐ。団栗の背競べで、まだ長い距離を泳げるものがいなかった。ボウの泳ぎは、手足をバタバタさせているだけで進まない

疲れると、川原の砂利の上に寝そべった。最初は背中の方を空に向け、裸で寝た。背中が乾くと、今度は顔を日光に向けて寝そべる。太陽の周りの白く薄い雲が去ると、ぎらぎらした日差しが目に入り眩しく、三郎は手の平で顔を覆う。少しでも光が目に入ると、眼球が焼け付いたように、しばらくは辺りの景色がぼやけて見える。

 だれかが声を上げた。

「わしのチンポに、石投げたの誰や!」

 目玉をぎょろつかせ、怒りを剥き出しに、抗議の叫び声を出したのはボウであった。小石を投げた者がいたらしい。

「わしじゃない!」

「わしでないぞ!」

「わしも知らんちゃ」

口々に叫んだ。

「トシオやないか。あいつ笑うとる(笑っている)」

誰かが言った。トシオは細い顔の頬に両手を当てて、摩るような恰好をして笑いをこらえている。

もうトシオが、俺だと白状しているに等しい。

「トシオや、トシオや!」


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還って来た日々 -4/25 [北陸短信]

                                刀根 日佐志

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勉強、運動や腕力では自分の方が勝っていたので、格下の者から言われた悔しさよりも、羞恥心が身体中を駆け巡り、それ以上の言葉が出ない。彼は侮蔑しようとしたのではなく、このような時代にあっても、白米をたらふく食べている農家の者には、素朴な疑問を感じたのであろう。嫌味を言ったのではないことは分かった。

このことを母に話すと、

「農家の方は、お米を作っているから強いわね。こんなことに負けてはいけないよ。今に見返してやりなさい」

母の表情は凛としている。卑屈になってほしくないと考えていたのだと、子供心にジーンと伝わってきた。

「人間は、弱気になってはいけない。いい時ばかりが続くものではないよ。それが世の中というものです」

と繰り返した母の顔を、三郎はじっと見詰めた。このとき以来、彼らにはすべての面で負けてはいけないという気持ちが焼きついた。

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七月に近くなり、暑い日は、学校が終わると急いで、校舎横の道路に出る。その道路を二百メートルくらい下った所を、川に向け走り抜ける。これも競争で、道路端に三郎は皆を並べると足の速さを競うのである。

「はよう、行くまいか!(早く行こうよ)」

 ナミもトシオも催促する。

「まだや、一緒にスタートやぞ!」

 ボウや、トノや皆が並んだのを確認すると、

「ヨーイ! ドン」

三郎は合図をして、一緒にスタートする。

道路を一気に駆け下り、畑を抜けて浅野川まで、百メートルくらいの距離である。いつもトシオが早く、誰も勝てなかった。スタートのとき、三郎は左足から飛び出したり右足に変えたり、膝を大きく上げたりして工夫してみた。だが同じで、くやしい思いで、いつも二番手か三番手を走った。

川縁まで来ると、象徴的に凛然と立つ楓の大木がある。その位置で浅野川の川幅が十メートルぐらいで、子供にとって胸までの程よい深さが広がっていた。その場所が、溺れる心配のない泳ぎの遊び場になっている。


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還って来た日々 -3/25 [北陸短信]

                                刀根 日佐志

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 誰かがひそひと話をしている。

見るからに厳つい顔をしたサイは、体も大きく腕力も強い。またたく間に、サイが組み敷いたやや小柄な相手も負けてはいない。下になりながらも、サイの腕に噛みつき、上着のボタンを引きちぎり抵抗した。

(サイも強いが、食らいついてやろうとする相手の根性と執念はすごい)

三郎の胸の鼓動はしばらく止むことはなかった。

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その後、三郎は校内で幾度かの喧嘩もしたことを覚えているが、彼らを敬遠する心構えができていたのか卒業するまで、この二人とは口論すらした記憶がない。

前に通っていた町の小学校と較べて、諸川小学校は何となく粗野で野蛮な雰囲気を持っている印象を受けた。クラスはサイを中心にした諸川村グループと、町グループがあった。ほかに、どちらにも属さない比較的腕力の弱い者のグループと、三つのグループに分かれていることを知った。町グループに入った三郎は、身体も大きい方で、少々勉強ができたのと腕力もあったので、すぐグループのリーダーになった。

自宅が隣同士で無鉄砲なトシオ、近くに住む温厚な性格のナミ、小柄だが気の強いトノや外の数人と三郎は、いつも一緒に行動した。小柄で意地っ張りなボウも町グループにいた。

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戦後の混乱期で食糧事情も極めて悪い中、母は末っ子の三郎を含め、六人の子供を抱えていた。お米を求めて三郎は母と一緒に、近くの農家を一軒一軒、買い出しに歩いたこともあった。ときどき、着物や衣類等を売ったり、米と交換したりもした。だが、十分な量も調達できずに、食うか食わずの毎日を過ごしていた。

諸川小学校は田舎にあったので、農家の者が半数以上もいた。そのため昼の弁当も眩しいくらいの白いご飯を、弁当箱一杯に詰め込んだものが多かった。

三郎の昼の弁当は、米よりも麦や大根のみじん切りが多く混ぜられている。

「サブ、これはなんや!」

隣席に坐る農家の息子の一人から、お米より大根の目立つ弁当箱を指さされた。

「お前、なんでもないちゃ、うーん……」

とだけ曖昧に答えて三郎は左手で弁当を隠したが、なんだかご飯を食べている気がしない。早く食べて弁当箱を空にしたかった。周りの者に聞こえなかったか、左右を見渡した。


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還って来た日々 -2/25 [北陸短信]

                                刀根 日佐志

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その先生の剛速球が、顔の高さで飛んできた。球を顔から浮かして取る余裕はなかった。

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三郎はその剛速球を顔面で受けた後、手で掴む羽目になってしまった。まともに球は目鼻を強打し痛いと思った瞬間、目から火が出て激痛が走った。乾いたような、ジーンとした疼きが鼻骨をもとらえたが、その球を敵陣に投げ返すと、球は先生の足に当った。

「サブ、サブ! 先生をやっつけた」

「サブ、すごいちゃ!」

中杉先生や皆の大きな歓声と拍手喝采が、聞こえてきた。

それから手で鼻を摩ったが、鼻血は出ていない。しゃがんで顔を抱え込み、痛みに堪えようとした。強がりの気持ちが、その場にしゃがみ込むのを止めさせ、立って平気な顔をさせた。だが、激痛に堪えるのに必死である。この痛みを露出させて楽になろうとする本心と、痛みを隠そうとする意地との葛藤は、何年経っても脳裏にこびり付いている。

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いつも、授業が終わると、先生を取り巻く生徒の輪ができている。特に女生徒たちは先生にべったりとまとわり付いていた。

「あいつら、先生のスカートの中に入っとるちゃ」

 誰かが叫んだ。

「なーん、メロども(女たち)はいつもやちゃ」

「あんなことしても、先生は怒らんがや」

 と言いながら、男子生徒たちは遠巻きに眺めていた。

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三郎はそれほどまでに親しげな女生徒と先生の関係に、嫉妬に似たものを覚えた。

先生も、クラスの者も、全員を渾名で呼び合っていた。三郎が諸川小学校に転校して、二ヶ月くらい過ぎた休み時間であった。ガキ大将のサイと、横の席に座っていた者とが、何の原因か分からないが教室の机が並ぶ脇で、取っ組み合いを始めた。

「喧嘩や。あの二人、親戚ながに仲悪いがや」


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還って来た日々 -1/25 [北陸短信]

                                    刀根 日佐志

        ( 一 )

                                                                                                            木本三郎は小学生の三年間、中杉和子先生に持たれた。その古い時代の記憶が、頭の中に長い絵巻のように残されていたが、途切れ途切れになっていたので紐解かれることはなかった。それから、五十年後に催された同窓会で、昔の面影を引き摺った友たちの顔を目にすることになった。話が弾むとき、ふと垣間見る気質には三つ子の魂が生きていた。やがて、更なる思い出が湧き出てくると、幾度もの風雪に耐えてきた記憶の断片が絵巻からぽろぽろと剥がれ落ち、それ等が繋がり始めた。やがて回想のスクリーンに映し出されたのである。

三郎は父の急死で中国・天津から終戦一年前に引き揚げてきた。金沢の繁華街近くに一旦、仮住まいの後、郊外に居を求めた。したがって、町の小学校から転校し、諸川小学校三年の中杉クラスへ入った。

諸川小学校は金沢市の田舎に在って、周りは田畑に囲まれていた。暖かい季節には、開け放した窓から蛙の鳴き声が流れてくる。この長閑な田園風景は、太平洋戦争の敗戦直後の荒んだ心を和ませた。横は浅野川が流れており、四メートルの高さで築かれていた堤防は、二階教室の横を通る道路になっていた。

師範学校を卒業して、すぐ諸川小学校に赴任した中杉先生は、戦後の混迷した時代とはいえ、勉強にも遊びにもクラス全員と、情熱を持って向き合っていた。ざっくばらんで、はっきりとものを言うが、やさしくときには厳しい。放課後の時間には、皆と縄跳び、鉄棒やドッジボールをして一緒になって遊び、クラスの生徒の中に真にとけ込んだ。先生は、取分けドッジボールが大好きで、三郎には懐かしい思い出がある。

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体育館で二手に分かれて遊んだが、三郎は相手の強い球を受け、素早く敵に速い球を投げ返し次々に相手を倒した。

「サブの投げる球は強いちゃ! 時々、カーブしてくるがいね」

三郎はサブと呼ばれていた。中杉先生もたじたじで、体育館の中を逃げ回った。そして男の先生に助っ人を頼んだ。

「よーし、俺が飛び入りで入るぞ!」

脇で見ていた若い男の先生が参戦した。背の高いこの先生は、運動神経が優れており、どんな球でも楽々と捕球し投げ返して来る。最初は、手加減を加えていたように見えたが、何回か繰り返している内に、三郎に本気で立ち向かって来た。

「サブ、今度は手加減しないぞ。この球、受けてみろ!」

「わかったちゃ」


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3月 [北陸短信]

この所、4~5日昼夜、雨が降りました。家の周りを取り囲んでいた根雪の塊がすっかり解けて、なくなりました。近所の通りまでは、消雪装置が付き除雪の必要がなくなった家もありますが、当家は人力除雪のままが続きます。

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2月中の、いろいろの雑用が済みホットしております。3月は次のものが待っております。用を済ませるだけの条件が揃わずに、よたよたとしております。

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バンクーバ・オリンピックも終わりました。富山の地質調査会社・ダイチ所属の田畑、穂積選手を含む3人が銀メダルをとり締めくくりました。

今日の富山の新聞に載っております。「田畑、穂積選手を育てた地質調査会社・ダイチは社員40人の小さな会社、公共事業削減の折会長の給与を1/3に減らして、スケート部の活動経費を捻出してきた」とあります。

大手の会社の運動部解散が続く中、見上げたものです。

3月1日のたわ言です。

                                                     ・・・H.T 2010-03-01

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Olympic Vancouver: 天晴れ・女子団体追い抜き [日本]

http://dorflueren.blog.so-net.ne.jp/2010-02-28-1 


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 [北陸短信]

窓ガラスから射しこんだ強い光が、床から反射して眩いばかりです。屋根雪の表面がキラキラと輝き、葉を落とした木の小枝の水滴が無数に光っております。

冬空に明るい陽が射すと、気持ちがホッとします。降る雪、寒さと、暗い空の束縛から開放される雪国の人が味わう至福の一日です。

今朝から、晴れ晴れとした気持ちを味わっております。

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暫くの間、冬季オリンピックでテレビ観戦が楽しみです。

過日、当地に地域FM局があり、はじめてラジオ局の番組に出て来ました。発明の話をしてくれということなので、23の事を話してきました。驚いたことに、放送室には防音・吸音材として、卵の輸送に使う、多分、古新聞を溶き固めた卵パックケージが貼り付けてありました。廃品利用で一番安上がりの方法と話しておりました。

冬短信

                                                    ・・・2010-02-14 H.T


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冬と雪 [北陸短信]

ぼくあずささん お元気でお過ごしのことと思います。

当地は毎年ですが、1~2月は寒い憂鬱な日が続きます。今年も例年と変わらない北陸の冬です。

大雪は25年位前まではよくありました。大きいピンポン玉のようなボタン雪が深々と12週間も続くと豪雪となります。シャベルを持って屋根に上り、2メートル位の雪を降ろします。

今こんなことがあると屋根に上ることは出来ません。これらは昔のことになりました。あの頃は若くてよかったと思っております。

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この寒空に、景気に明るさが見えてくると、世も明るくなるのですが、もう少し時間が掛かる気配です。

当地の氷見鰤は、今年の水揚げはさっぱりのようです。海流の温暖化の影響があるのかも知れません。

何もかも、春待ちです。

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北陸人の戯言より


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寒波一服 [北陸短信]

ぼくあずささん

当地(富山県射水市)、雪が小康状態です。寒波襲来で車はスタッドレスタイヤに先日換えましたが、まだ減っていないのに、ゴムが硬くなっている(10年くらい経ちますが)といわれてスタンドで新しいタイヤと交換してきました。安全性を言われると、運転する側としたら、気になり、まあ良いか変えましょうとなります。上手い具合に口車に乗せられたきらいもあります。彼らもしたたかです。でも安全を買ったのだと思いつついます。

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先日、北陸通信を書くよう依頼を受けておりますが忘れていませんが、まだ実行していません。悪しからず。

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でも不況風がふきまくっています。当方も少々、特殊工具の販売をしておりますが、さっぱりです。特許、開発費の償却費が出てきません。企業は消耗品も押さえております。次の開発も中途半端にしております。

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駄文を書き始めたら、時間が取られております。いま「老学者」と言うのをほぼ書きおわりました。次のものを書いております。切りがありません。変なことにのめり込みました。 

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来週また寒波が来ると先ほどきた損保関係者が話していましたが・・・・。

近況など ではまた、ご活躍を祈願しています。

                                                                  ・・・・・2009-12-23 H.T


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同人誌の締め切り [北陸短信]

ぼくあずささん

GWが始まりました。

朝は矢張り薄ら寒く、スト-ブを点けております。

何かと、諸般の事柄で当方は各所を繕いながら、辻褄を合わせておりますと言う方が合っているようです。

GWは諸々の事情で家に篭りきりの日が続きそうです。

同人誌の締め切りが4月末で作品、何とか間に合いました。7月中にはお届けします。

零細ながらの会社の決算も3月末で締め切り、現在仕上げ中です。

庭の紅葉の木は、赤々と葉を茂らせていります。この間まで小枝を空に向けていたのが、いつの間にか、葉がふさふさしております。

ではまた

富山・H.T


北陸短信 [北陸短信]

北陸の冬の序章は植木に雪吊りをする事から始まります。植木に積もる雪の重みで、枝が折れるのを防ぐためです。

木の幹に縛った長い竹竿から垂らした縄で、枝を縛ります。植木職人が各家々の植木を、秋の終わりころから雪吊り作業に来てくれます。

霙が降り、雪が降り始めると、冬の魚、寒鰤が獲れ始めます。蟹もやがて解禁になり獲れ始めます。

雪が降り始めるころ一斉に車は、スノータイヤに履き替えます。今年は暖冬の影響で、雪らしい雪も降らずに冬も終わり暖かくなって来ました。

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寒鰤も不漁のようです。桜並木の歩道を歩くと木の枝から円く膨らんだ小さな蕾が見えてきました。

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春が近くまで来ています。

富山・H.T生

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ぼくあずさのComment

HT生さんは、私と同じ企業Gr.に属する化学会社で活躍された後、県の技術振興に精力的に取組み、また最近は北陸の文壇にも進出。ご一族には稲門出身者が多い。blogに早稲田文学が加わることは大変嬉しいことです。


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