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第13代慶喜の大奥老女一色杉浦の誕生。 [Familie Gedichte]

                       byぼくあずさ
昼のNHK TV で六代将軍足利義則の非情な政権運営が紹介された。
彼は天台宗大本山の座主を務めた身でありながら1435年に叡山を焼き討ち、此れは
1571年の有名な織田信長による叡山焼き討ちより176年前のことです。
戦国大名一色氏を殺害、領地2ヶ所を没収。
時は下って徳川幕末、嘉永元年(AC1849年)生まれの私の母方の曾祖母杉浦スミは
一色の娘を養女にした。第13代慶喜の大奥老女一色杉浦の誕生。なお杉浦スミの父は
8400石取りの筆頭旗本老中杉浦。

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月末に家族で三浦義明が自刃した衣笠合戦の衣笠城跡を訪ねます。 [Familie Gedichte]

I am 80 years old in this February.

5月は中学時代の学友二人との鎌倉幕府初代侍所別当和田義盛終焉の地を訪ねた。

I visited on Kamakura Wadazuka where Wada Yoshimori, the first Samuraidokoros head

was killed on the battle of Wada in AC1213 with my two middleschoolmates

 

月末に家族で三浦義明が自刃した衣笠合戦の衣笠城跡を訪ねます。

私の母方の曾祖母杉浦スミの父は徳川幕府8400石取りの筆頭旗本老中杉浦です。

父方の曾祖母杉本キクは絵双紙屋の娘。二人の曾祖母共に鎌倉武士三浦一族の

末裔。杉浦スミの姓は三浦⇒杉本⇒和田⇒杉浦に替りました。

In this Monthend my family will visit on Kinugasa Citadel where Miura Yoshiaki was selfkilled on

The battle Kinugasa.(AC1080).

The father of Sugiura Sumi, my greatgrandmother of the motherside was the Samuraidokorohead of

Tokugawabakufu. Sugimoto kiku, my greatgrandmother of fatherside.

The both my greatgrandmothers are the descendants of the Kamakura samurai, Miurayoshiaki.

The family name of my great grand mother Sugiura Sumi changed as follows.

Miura ⇒ Sugimoto ⇒ Wada ⇒ Sugiura.

杉浦の祖は桓武平家です。杉浦一族の男性の多くは明治維新後に帝国海軍と陸軍の職業軍人に

なり活躍しました。中将と少将が各3名の他多くの佐官級の軍人を輩出しています。

因みに私の妻の父方の曾祖父は陸軍中将です。薩摩藩の侍の血統です。

The ancestor of Sugiura is Kanmuheike.

Many males of Sugiura family found ther work in the navy and or the army after Meiji revorution.

Navya vice admiral and two rear admiral.

Armytwo lieutenant general and a major general
Bisides the greatgrandfather of Momoko is the lieutenant general

 


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衣笠城跡 [Familie Gedichte]

                       byぼくあずさ
ご先祖三浦大介義明が自刃した衣笠合戦の地を今月末に家族で訪ねます。
衣笠城跡

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三浦・杉本・和田所縁の地 [Familie Gedichte]

                       byぼくあずさ

三浦義明

 

満昌寺   横須賀市大矢部1510

 伝三浦義明廟所(満昌寺御霊神社宝物殿裏)



大善寺   横須賀市衣笠町29-1

 裏手に本丸跡 碑がある   

 

腹切松公園  横須賀市大矢部5-18 

 自害跡     



来迎寺   鎌倉市材木座2-9-19

 来迎寺境内に三浦義明・多々良重春の墓がある(多々良は孫)

 1194年、源頼朝が鎌倉幕府の礎石となった三浦大介義明の霊を弔うため、真言宗能蔵寺を建立したのがはじまり。

 頼朝が亡くなった後、音阿上人が時宗に改宗し、来迎寺に改名。

 

 

和田義盛

 

浄楽寺   横須賀市芦名20-30-5

  義盛造立の寺

 

和田塚   鎌倉市由比浜3-4-7鎌倉彫工芸館の前公園内

 和田義盛と一族自害の碑がある

 

怒田城跡  横須賀市吉井1-1-23  (真福寺の近くの公園、吉井貝塚の隣)

 県指定の史跡 三浦為継築城の堅固な砦

 衣笠の戦いの時に義盛はここに籠ることを主張したが、義明の衣笠城篭城案に従う。

 

 


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昔の檜原村物語 [Familie Gedichte]

                       byぼくあずさ
本家の嫁さんの生家は檜原村の和田落人七軒組の岡部、林業大尽です。1213年の鎌倉
和田合戦の残党。江戸時代は中村姓でした。
和田地区
住所表示 人里1560~1570周辺
バス停 下和田
檜原村には岡部姓が多い。

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母方の曾祖母杉浦スミは徳川慶喜大奥女中:これが私の最終結論!!!。 [Familie Gedichte]

                       byぼくあずさ
母方の曾祖母杉浦スミは徳川慶喜大奥女中:これが私の最終結論!!!。
(1)父親は松平姓と思われる。
(2)杉浦スミは一色須磨を養女にし一色須磨老女誕生。
(3)上野戦争の混乱を逃れ、現在の横浜市戸塚区平戸の杉浦陣屋に避難後に大本家の
   野嵜に嫁ぐ。

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三浦義明所縁の寺 [Familie Gedichte]

                       byぼくあずさ
材木座 来迎寺
三浦義明の墓所。
浄楽寺
和田義盛建立。
眞福寺

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三浦家の源流を訪ねて [Familie Gedichte]

                       byぼくあずさ

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2019-09-04 [Familie Gedichte]

                       byぼくあずさ

侍の娘である杉浦スミの孫の私の母、私の

三浦正次

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桓武平家を祖とする三浦義明の長子杉本吉宗の子和田義盛 [Familie Gedichte]

                       byぼくあずさ
鎌倉幕府初代侍所別当和田義盛、父は杉本吉宗。

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三浦一族の興亡 [Familie Gedichte]

                       byぼくあずさ
ご先祖三浦義明を衣笠合戦で自刃に追込んだ畠山重忠、
 

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<コラム>“徐州徐州と人馬は進む”、徐州にあった日本領事館跡を訪ねる [Familie Gedichte]

                       byぼくあずさ
曽祖母杉浦スミの一族に1938年の徐州合戦で戦死した杉浦章陸軍少将がいる。
私のドイツ語会話の先生Margareteの0nkel Teioh から1920年当時Wesel の
ドイツ陸軍師団に優秀な日本の軍人が派遣されていた。君はその再来だと云われた。
<コラム>“徐州徐州と人馬は進む”、徐州にあった日本領事館跡を訪ねる
麦と兵隊 

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外国人が体験!現役の宮大工が教える日本の伝統技法【ビックリ日本】 [Familie Gedichte]

                       byぼくあずさ
私の曽祖父は駿府伝馬町に住む立川流の宮大工です。曾祖母は同じ町の絵双紙屋杉本の
娘、母方のご先祖三浦⇒杉本⇒和田⇒杉浦スミと同族の可能性が大きい!!!
因みに私は富士一登駿河屋材木店の生まれです。
外国人が体験!現役の宮大工が教える日本の伝統技法【ビックリ日本】

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HOME > 大奥の構成メンバー > 奥女中のトップ・老女 [Familie Gedichte]

                       byぼくあずさ
HOME大奥の構成メンバー > 奥女中のトップ・老女
徳川慶喜に仕えた一色須賀という女性について

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小坪合戦と衣笠合戦 [Familie Gedichte]

                       byぼくあずさ
9月にご先祖三浦義明所縁の衣笠城址を訪ねる。
彼の墓も訪ねるべく調べる。
 
 

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巴御前:木曽義仲妾・和田義盛妻 [Familie Gedichte]

                       byぼくあずさ
和田義盛と巴御前の子朝比奈 の名は鎌倉と陸浦を結ぶ朝比奈切通に名を残す。
巴御前は和田合戦に参戦したのだろうか?
巴御前、朝比奈

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父の実家は立川流宮大工、私の曾祖母は杉本姓の絵双子商の娘。 [Familie Gedichte]

                       byぼくあずさ
母方の曾祖母杉浦スミは侍の娘です。桓武平家を祖とする三浦義明の傍系鎌倉幕府初代
侍所別当和田義盛、その父は杉本姓です。1213年の和田合戦に敗れたが生き残りが
近江に逃れ姓を杉浦に替え徳川家康と父松平氏の元で手柄を立て、第三代将軍家光の代に
は勘定奉行となり復活、第十五代慶喜の代には8400石取りの筆頭旗本になり相模の国を
知行、横浜市戸塚平戸には杉浦陣屋跡があります。
杉浦スミは上野戦争の混乱を逃れ、4年間程平戸の杉浦陣屋に隠れ住んだ後に増戸村伊奈の
野嵜に輿入れ。有力旗本の村奉行(帳元)永井と隠密同心と思われる在原に守られての
生活です。母と本家の叔父と新宿の叔父の結婚相手は永井帳元の調査され曾祖母の了承を
得たものと思われる。
父の実家は立川流宮大工、私の曾祖母は杉本姓の絵双子商の娘。
本家の叔父は檜原村の山林大尽の家、和田落人七軒組の娘を嫁にした。
新宿の叔父は西阿伎留油平の千代鶴酒造所の娘を娶る。八王子千人同心頭の家柄。

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函館奉行 杉浦正一郎 [Familie Gedichte]

                       byぼくあずさ
侍の娘である私の曾祖母杉浦スミの一族は慶喜時代の徳川幕府筆頭旗本。
杉浦正一郎は函館奉行でした。
新宿の叔父と私は共に正一郎の「正」を引き継いで命名された!!!
父が相談した成田山新勝寺の住職により「捷」に替えられた。
転生龍馬の生存戦争 ~暗殺を回避した坂本龍馬は、『巨大通販会社』を設立して、
新政府に立ち向かうことにした~

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男爵徳川誠 [Familie Gedichte]

                       byぼくあずさ
 父方の祖父は杉山からの入婿、その姉が徳川慶喜の九男誠の乳母と聞いていた。
出世頭の本家の長男が主唱するいとこ会に出席する小長井と呼ばれる女性でした。
徳川誠とは - goo Wikipedia (ウィキペディア)               

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駆逐艦「神風」 [Familie Gedichte]

                       byぼくあずさ
私の曾祖母、侍の娘杉浦スミの一族の一人杉浦嘉十海軍中将はマレーシアペナン島沖での
英駆逐艦隊との交戦沈没した重巡洋艦「羽黒」の艦長でした。我家の玄関ン正面に羽黒の
雄姿が飾られている。
駆逐艦「神風」

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新イージス艦「はぐろ」進水 Bmd対応艦8隻に 当面の [Familie Gedichte]

                       byぼくあずさ
曽祖母杉浦スミの一族の6人の将軍の一人杉浦嘉十海軍中将が艦長を務めマレーシア
ペナン島沖の英駆逐艦隊との激烈な交戦の末沈没した重巡洋艦「羽黒」の名前を引継いだ
イージス艦が私が住む横浜の造船所で進水した。
出羽三山奥宮参り「羽黒山」
 

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一色老女杉浦 [Familie Gedichte]

                       byぼくあずさ
私の曾祖母杉浦スミの母親の姓は隠されている。松平ではないかと想像される。
父は江戸幕府筆頭旗本。嘉永元年(1849年)誕生。
一色須賀は天保9年(1838年)旗本一色家に誕生、奥女中杉浦の養女となり一橋徳川
家入り、一色老女杉浦の誕生。
上野戦争後大本家野嵜に輿入れ迄の4年間に増戸村に村奉行永井と隠密在原を派遣して
問題がないことを詳細調査したものと思われる。
母が駿府生まれの父と婚約する際もその出目が調査されたと思われる。

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三浦一族の興亡・復活 [Familie Gedichte]

                       byぼくあずさ
三浦一族の興亡・復活

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鎌倉時代年表 [Familie Gedichte]

                       byぼくあずさ
1180年 衣笠・小坪会戦 三浦義明自刃
1185年 源義経守護地頭任命権与えられる
1205年 畠山重忠の乱
1213年 和田会戦 和田義盛敗戦 鎌倉幕府初代侍所別当
1223年 北条政子死去

1333年 鎌倉幕府崩壊

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順天堂大学医学部附属順天堂医院 [Familie Gedichte]

                    byぼくあずさ
侍の娘である私の曾祖母杉浦スミの長男野嵜長蔵は増戸村初めての自動車で東京の順天堂
病院に入院した。調べた処順天堂病院は天保9年(AC1838)に開設され西洋医学導入した
ことが判明した。

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2019-07-07 [Familie Gedichte]

                       byぼくあずさ

桓武平家家系


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衣笠城址 [Familie Gedichte]

                       byぼくあずさ
申月24日の和田合戦の日に中学時代の親友二人と和田塚を参拝した。
9月には家族でこれもご先祖の三浦義明の衣笠城址を訪ねる計画です。
彼の為に創建された3つの寺も併せて訪ねることにする。
小坪合戦と衣笠合戦
三浦義明の菩提寺~来迎寺(材木座)~

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平重盛邸から池跡が初めて出土 清盛の長男 [Familie Gedichte]

                       byぼくあずさ
昨日は裏の家の庭にキツツキが飛来した。今朝は早から鶯の鳴き声が続く。
ご先祖の鎌倉幕府初代侍所別当和田義盛の「盛」は清盛、重盛から採られたことが
分かる。桓武平家を祖とする三浦義明の傍系の鎌倉武士和田義盛は和田合戦に敗れたが
一族は杉浦に姓を変えて徳川時代を生抜いて幕末には8400石筆頭旗本でした。
平重盛邸から池跡が初めて出土 清盛の長男

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衣笠城址 [Familie Gedichte]

                       byぼくあずさ
昼食事時 小柴漁港から漁船の汽笛が暫く止まず、海南事件が起きたのだろうか?
庭の紫陽花が開花、昨日関東地方は梅雨入りとのこと。
衣笠城址

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