還って来た日々 -9/25 [北陸短信]
刀根 日佐志
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トシオは誇らし気な足取りで、一番先を歩いた。一列になって通り抜けたが、三郎はなるべく後ろを歩きたかったので、ナミの後を歩いた。
「おーい、竹を切って、今から杉鉄砲作ろうか」
三郎が歩みを止めて、皆に喋りかけた。
「杉鉄砲作ろう」
「作ろう!」
何人かは賛同の声を上げた。
「わしのところで作っても良いちゃ」
ナミは汗をにじませた顔を、手で拭いながら言った。
もう皆は竹林に一歩踏み込むと、細い竹を数本折っていた。
「わし、今日、家の手伝いや」
「わしもや、家に帰るちゃ」
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ボウ、トノが言ったので、竹を持ち帰りそれぞれが、勝手に作ることにした。帰り道、三郎は今日の泳ぎのことを思い出していた。早く高嶺の花であるクロールが、泳ぎたいと思い、手で水を切る真似をして歩いた。
(明日からクロールの練習をしよう)皆に負けたくはないという気持ちが、頭を過ぎった。トシオもナミも、同じことを考えていたのであろうか、クロールの真似をしている。帰り道、トシオと三郎は、ナミの家に寄って杉鉄砲を作ることにした。
黒い板塀の入口を、くぐり抜けたところに大きな梅の木があり、ふさふさとした緑色の小さな葉が風にそよいでいた。数匹の蜂がブンブンと羽音をたてて忙しく、不規則に揺れるような飛び方をして、忍者のように、その木の葉間へ消えた。
梅ノ木を過ぎると左手に工場、右手にナミの自宅があり、工場からも自宅に入ることができた。その前に立つと、ガタンガタンと音が聞こえてくる。ナミが黒く汚れたガラス戸を引くと、鈍い響きがして開いた。その右奥でナミの父さんは、小さな炉の真っ赤に焼けたコークスの中に、細長い鉄片を長いヤットコの先端で掴み、差し込んでいる。
真っ赤な炎に熱せられた鉄片は、眩しいくらいに輝いている。その表面の所々に、黒い滓のような物が見える。それが真っ赤な輝きに、黒斑点のような模様をつけている。その模様が何とも目障りに感じ、三郎は無くなれば良いがと、もどかしく思う。だが繰り返される作業中、消え去ることはない。
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