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こげ茶色の細い竹 -17/21 [北陸短信]

刀根 日佐志

   
目の前には、薄汚れた白い壁と、冷え切った床に囲まれた殺風景な待合室があった。緑の観葉植物の植木鉢でもあればよいと見渡したが、小さな花瓶一個すらなかった。茶色の古びたソファーには、沈んだ顔をした人が五、六人座っていた。
  
そこは、寂寞とした空間にしか見えなかった。受付にいた女性に先生の病室を尋ねると、明るい声で詳しく教えてくれた。この病院に入ったときの「暗い」という第一印象は、少しだけ消えた。
  
受付の先にあるエレベーターに乗り、四階で降りた。次郎の眼前を、点滴スタンドから垂れ下がった細いチューブを、腕に絡めた人が、痩せて細くなった手で、その点滴スタンドを押しながら、カラカラと音を立てて横切って行った。
   
もうここは、元気そうな男女が、鞄や書類を抱えて行き交うオフイスビルではない。歩きながら、廊下の左右を見た。身体に何本もの細いチューブと、口に酸素マスクを付けている人が、ベッド上で天井を見詰めている。そのような人が何人も寝ていた。トイレの前を通ると小便の臭いがしたが、通り過ぎると臭いは消えていた。
   
個室に入院していると思い、廊下を歩いたが見当たらない。引き返し反対側を探すと、先ほど、降りたエレベーターを通り過ぎた所に、個室があった。
 病室に扉はなく、カーテンだけで名札もなかった。入ってみると、すぐ手前にソファーがある。その横に、カート上に載せた大きな酸素ボンベが、置いてあった。
   
奥の窓側に進むと、先生が浴衣を着て、ベッドからはみ出んばかりに、大きな身体を大の字にして寝ている姿があった。
   
チューブの付いた酸素マスクが、口からこぼれ落ち、枕元に転がっていた。アンパンのように丸い顔は、頬がやつれて、いつも切り揃えていた口髭は、無造作に伸びていた。伸び放題の顎ひげは、寝癖がついたように、方向が定まらず勝手に伸びている。
  
半分、目が開いているみたいだが、起きているのか、寝ているのか判然としない。目からは、涙が滲み出ているようだ。小さな声で名を呼んでみたが、ときどき、「あー」「あー」と言う苦しそうな声を出す。意識が朦朧としているのだろうか。気が付いて貰えない。


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