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こげ茶色の細い竹 -16/21 [北陸短信]

刀根 日佐志

 次郎は電話帳やインターネットで、スキヤマ病院を調べてみたが見当たらない。先ほど、最初に電話に出たのが奥さんだとすると、病院に付き添いでいるに違いない。では自宅は留守である。そこで息子さんの勤めている所は、N銀行と聞いていたので、電話を掛けてみた。
「父から電話があったのですか。思考力はしっかりしておりますが、身体はかなり弱っております。自分で電話口まで、行くことはできないと思います」
「最初は、女の方から電話が、ありました。奥さんではなかったのでしょうか」
「母は付き添っていません。看護師さんでしょうか。父はどうやって、電話をしたのでしょうか。もしかして、携帯電話からかもしれません」 そう言われれば、若い女の声だったかもしれない。取り急ぎ、入院先の病院を聞いたが、住安病院であることが分かった。
 
T市の友人に、電話でその病院の場所を聞いた。その友人は懇切丁寧に、車で行く道順を教えてくれた。最後に彼は「あそこの病院は末期がんの患者が多く入院しているよ」とも言った。その言葉が、いつまでも心の中に突き刺さり、「先生の容態が、よほど悪いらしい」との気持ちが昂ぶってきた。
  
急に、次郎が呼び出されたのは、どのような用件なのか気になった。もう余命僅かと思い、遣り残しの仕事について、相談しようとしたのであろうか。それとも評価の件で、今後よろしく頼むということなのだろうか。

「父は友人や知人が、見舞いに来るのを拒み、病院名は絶対に知らせなかったのですよ。先日も、一番仲良くしていた高校時代の同級生が、病院を探し当て、見舞いに来たのですが、父はお断わりして会わなかったのです。夏山さんを一番信頼していたようですから、何か知らせたいことが、あるのでしょう」
と息子さんは言っていた。

  
取り急ぎ、四時に住安病院へ入った。玄関には多くの履物が、無造作に脱ぎ捨てられてあった。その履物を掻き分けた隙間に、次郎は靴を脱ぎすてた。そして、病院名の印刷が消えかけた、薄っぺらなスリッパに履き替えた。
床に敷かれたグレイのリノリュウムから、コンクリートの冷たさと、硬さが直接足の裏に伝わってきた。それが頭の芯まで、到達してくるような感じがした。急いで、別のスリッパに履き替えてみたが、ボール紙のように薄くひんやりして、感触は変わらなかった。


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