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こげ茶色の細い竹 -15/21 [北陸短信]

刀根 日佐志
  
  
数日後、先生の自宅に電話をすると奥さんが出られた。
「どこの病院に入院されたのですか」
「それは本人が言わないでくれということなので……」
 先生も先日、そのように言われていた。 
 
季節は、夏から秋に移りかけていた。次郎の会社でも不況が長引くと、売上げが知らぬ間に落ちていく。原料の新しい利用方法や、新製品の活用について、どんどん客先に情報を提供することに力を入れていた。
   
会社で朝から次郎は、取引先に持参する提案書の作成に追われていた。気が付くともう昼時間だった。昼食を済ませ会社の事務所に戻ると、仕入先の会社から電話を受けた。
「夏山さん。新製品のご紹介にあがりたいので、三時頃にお伺いします」「分かりました。その時間にお待ちしております」
受話器を置くと、終わるのを待っていたかのように、電話のベルが鳴った。
「夏山社長さんいらっしゃいますか」
 女性の声がした。
「はい私ですが」
 
電話の向こうでは、「はい出ましたよ」と言うと、続いて先生の声が、受話器から流れてきた。
「夏山社長さ…ん……沖峰で……」 
 
喉からやっと絞り出したような、掠れた弱々しい音声が、聞こえてきた。次郎は思いのほか、先生の身体が衰弱していることを感じ取った。
「私は……病院に…います。いますぐ……来てください」
 辛うじて言葉が聞き取れた。
「どこの病院ですか」
「T市のスキ……ヤマ病院…です」
 水中でしゃべっているような、よく聞き取れない声である。ときどき、普通に聞き取れる言葉もある。聞き返してみたが同じであった。
「三時に来客がありますので、四時に参ります」

「今すぐ来…れば……三時までに戻れ……」
「時間が窮屈なので、四時にして下さい」
「……分かりまし……」
 声が続かないのであろう。そのまま切れてしまった。


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