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創作短編(31): 坂田金時 -1/9 [稲門機械屋倶楽部]

                                      2011-10 WME36 梅邑貫

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時       :天暦年間より永祚年間(955年代から990年代まで)

場所     :箱根足柄峠、丹波國大江山その他

登場人物 :坂田金時、源頼光、その他

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「おお、八重桐、戻って来たか」

「はい、お父さま。ただ今、戻りました」と言って、八重桐は久振りに戻った懐かしい家の中を見廻し、囲炉裏の上の煤が濃くなっているのを目に留めた。

「お父さま、囲炉裏と天井の掃除を致しましょう」

「疲れたであろう。休め、休んでよいのだ。囲炉裏の心配なんかせんでもよいのだ。それより、京より戻ったのは何故だ」

「はい。私、身籠りましたので、故郷の、この足柄で子を産みとうなりました」

「おお、そうか。ならば、尚更じゃ。何もせんでよい。京からここまで遠い道を歩いて疲れておろう。如何に若くとも、疲れる道程であろう。その上に煤払いでもしおったら、腹の子が心配だ」

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 十兵衛は足柄の山々で採れる木で彫り物を作る彫物師だが、数年前に一人娘の八重桐を京へ出してしまった。それ以来、足柄峠に近い自宅を兼ねる作業小屋で丹精込めた木彫り作りに明け暮れていたが、寂しさは隠せなかった。

 妻を失った後、たった一人の娘も京へ嫁がせてしまって、娘の幸せを思えばこそ堪えたが、話し声が絶えた仕事場と住まいで、寄る年波に独りで堪え続けた。

 八重桐からはときには便りも来たが、その返書に「そろそろ足柄へ戻って来い」と書きたかったが、それも書かずに堪えた。

 その八重桐が突然だったが帰って来てくれて、煤だらけの小屋の中が明るくなったような気分で、重い身体も急に軽くなった。

 その上、あの野育ちの八重桐がすっかり変わって戻って来た。足柄の山を駆け廻って育った八重桐が、京で修養したのであろう淑やかさと雅を漂わせた。父親の十兵衛が見ても八重桐は美しくなっていた。その上、「おっ父う」ではなく「お父さま」と呼んでくれた。


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