発明馬鹿 -15/16 [北陸短信]
刀根 日佐志
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誰かが漬物桶から漬物を取り出していたが、お互いに桶を挟んで人の存在を知らずに作業をしていた。漬物を取り出し上体を伸ばしたところに、八郎と草本が立ち上がったのが同時で、漬物桶を挟んで三者の目線が合った。手に糠味噌の付いた二本の沢庵を掴んだスカートを穿いた女性と、八郎は互いに目を皿にして見入った。
それから「あ! あ!」と二人から同時に声が出た。八郎は仰けに反り返り転倒しそうになったのを草本が支えてくれた。
スカートの女性は腕をくの字に曲げたまま、その手には二本の沢庵を握り締め、やり場に困りながらも、そのままの姿勢を保ち「八郎さん、なんでこんな所に……」と驚きと羞恥心とが交錯したような表情で、とぎれとぎれの声を発した。
「長官! なんで……ここに……」と八郎も長官と同じようなことを叫ぶと、憧れの人が急に目の前に現われたので、声が詰まり顔が真っ赤になるのが自分でも分かった。
「もしかして此処が長官のご実家で!」
これだけの言葉がやっと口から出た。
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草本がこの場にいなければ、八郎はきっと衝動的に長官に抱きついていたであろうと思った。この雰囲気は長官も同じ気持ちになったものと考えた。すると、草本を連れて来たことを悔やんでいた。
八郎は遠藤裕子の議員秘書時代に、実家は由緒ある温泉旅館と知っていたが、仕事では東京の自宅しか出入りをしていないので、詳しくは知らなかった。
「国会が休みなので、私も休暇を貰って実家に来ていたところです」
草本は顔をセメントで真っ白に汚してピエロのようにおどけた顔で、八郎も同じに見られていると思いながら、手に左官鏝を持ち、茫然と立ち竦んだ。一方、長官は薄暗い部屋で、漬物桶を間にして部屋の明かりの全てを身体に吸収して佇むかのように、美しい顔を一段と輝かせていた。そしてスタイルのよい脚は、スカートからはみ出ていた。また腕をくの字に曲げ、掌で掴んだ沢庵からは、ポタポタと糠味噌の滴りが落ちてサンダルを履いた足首を濡らしていた。
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