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発明馬鹿 -6/16 [北陸短信]

                                                                               刀根 日佐志

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いま、八郎が彼等の面前で、無言の内に食事を始めたことは「何と無礼千万な!」と彼等はきっと思っているに違いない。しかし、町の発明家独特の挨拶手法と見てくれれば、不快感を忘れ、親近感すら覚えてくれるだろう。そうであれば、八郎の思い通りである。ときどき、彼等の表情を窺ってみたが、二人とも真剣な顔つきで八郎を注視していた。芝居小屋で芝居や、映画館で食事のシーンを観ているのとは違った臨場感に酔った視線を感じ取ったので、初期の目的は達し得たと八郎は満足した。

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次に八郎は、カバンから一本の警棒を取りだした。警棒の細い筒に警報機、小型カメラ、無線機、犯人への目潰し用の粉末と発炎筒が内蔵されており、多機能な使い方ができると説明し、最後に、用件を切り出した。

「私は多くの発明品を持っております。それらの発明の相談に乗っていただき、また販売をして欲しいのですが」

「先日も聞いていましたので、草本さんがご依頼の適任者と思います」

部長は、草本の方に顔を向け、目はお願いしますと呼びかけていた。草本は分かりましたと言わんばかりに頷いていた。そして、来春には八郎の会社を訪問することを約束して、研究所を後にして行った。

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八郎は長官に本多部長を紹介してもらったお礼の電話を入れた。長官のソフトで愛らしい声を聞くのが目的でもあった。幾つになっても、こんな気持ちは変わらないものだと、八郎は苦笑していた。あいにく不在で、秘書に用件を伝えておいた。

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暖かい季節が訪れると、草本から約束通り、八郎の会社にお伺いしますと、連絡があった。八郎は会社の近くにある森を通り、JRの高崎駅まで歩いて草本を迎えに行った。日頃、仕事や発明に追われていると季節の変化を見逃していたが、森に繁茂した小楢や赤松に混じって楓が一段と緑を濃くして、桜の木はもう花弁を散らしていたのに気が付いた。その純白の花弁は、すでに色あせて風に吹かれるまま、森の遊歩道の片隅に追い遣られていた。木に咲くときは、皆の賛美を集めていた花も、散るとそれに目を留めるものはいない。

木漏れ日がまだら模様に射し込み、木陰の部分も濃い緑色と目に映る錯覚を覚えながら、八郎は森の香りを存分に吸い込み歩いた。その遊歩道を抜けたところに高崎駅があった。


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hanamura

この夏も高崎の緑は濃かったです。
by hanamura (2011-08-28 16:45) 

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