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発明馬鹿 -5/16 [北陸短信]

                                刀根 日佐志

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「失礼します」と述べて八郎は、金平ゴボウに手を伸ばし口に運んだ。噛むとコリコリと音が出た。今度はご飯を箸で摘み口へ入れた。

ご飯を食べる場合に、茶碗を手に取り、箸を持った方の手で、掬って食べるのが常であるが、絵に描いた茶碗は手に取ることが出来ない。八郎はそれを奇妙に感じさせないためにも努めて動作が流れるように見せねばならなかった。また、ご飯を食べるときは、左手親指と人差し指を、絵の茶碗の丸みにそわせて、あたかも茶碗を持っているかの動作をし、何の違和感もない食事情景に見せかけるようにした。本多と草本の二人は目を丸くして驚き、呆れ返っているのが分かった。

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目の前で何を仕出かすのかと見ているうちに風変わりな食事を始めた。これには、彼等は驚いたに違いない。この二人が、一瞬でもここは料亭の一室ではないかと錯覚をしてくれれば大成功したことになる。八郎は二人の表情を注意深く窺ってみた。しかし辺りには書類や書籍、実験に使われる小道具が置かれている本多の部長室では、興醒めして期待は出来そうもない。

今度は、八郎は本多の身になって考えてみた。本多の上司がこの研究室に入りこの光景を見たときに、どう思うだろうかと……。本多は恐らく心中穏やかならぬものがあるに違いないと推察した。 

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午前中の早い時間に、得体の知れない男が、よくよく見ると絵に描いた食器から、おかずやご飯をとり真顔で淡々と食べている。それを本多部長と草本が、神妙な顔で見ている。何と奇妙な三人であろうかと、本多の上司は思うに違いない。などと考えると、本多は目の先にあるドアが気になりノックがあったらどうしようかと、はらはらしているのではなかろうかと八郎は考えた。

八郎は食事をしながら本多の顔を正面から、チラチラ見たが、憂色が漂う表情でもない。彼の性格は良く分からないが、繊細な神経の持ち主でないのかもしれないと思った。

八郎はそんなことはお構いなく、黙々と食べ続けた。食べ終わると両手を合わせて「ご馳走さま」と小声で呟き、食器類が描かれていた〈食器シート〉をくるくると巻き畳み、最後に捻って横のゴミ箱に捨てた。テーブルの上には何も残されていなかった。


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