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お節介野郎 -11/15 [北陸短信]

                                                    .by 刀根日佐志                                              

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― 俺は希望してこの店に入ったことになるのか、コック帽がサービスするからというので入ったのか。それにより重大な差が生ずる。お金を払うことになるのと、サービスだから払わなくてもよい、とでは大きな違いだ。

などと考えていたら「お待ち遠さま」とカレーが運ばれてきた。

 深皿の中に、さらさらなスープカレーが入っていた。別の皿に、ご飯が薄く盛ってある。今日炊いたのであろうか、真っ白であり安心した。スープカレーの中に鱈が二切れ、馬鈴薯が二切れ、海中の小島のように置かれてある。カレーを味わってみると、辛さはあるが、こくとまろやかさとがない。ご飯を食べてみたが少々硬めである。北陸人には家庭で作るどろどろしたカレーには馴染みがあるが、スープカレーはまだ受け入れられない気がする。鱈の身は、干した鱈を煮たのであろうか、少々硬いのと何だか頼りない味だ。などと思いながら食べていたら全部平らげてしまった。

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 ところで、お勘定はどうしようか。サービスだったら、ご馳走様と、このまま出て行けばよいが……。

「お客様、お金!」と、追い掛けられたら、格好が悪い。

これ以上、考えを巡らすのも面倒臭くなった。単刀直入に言ってみよう。お勘定はと聞いて相手の出方をみることにした。

「おいくらですか」

「七百円だす。おおきに」

と間髪入れずに、五郎の喉元へ突き刺さるように答えが返ってきた。

「……」

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 落語家は『間』が大切だと言うが、この『間』にはお手上げだ。想定もしていなかった剛速球勝負に、五郎は、思わず出た苦笑いを噛み殺した。これ程までに、瞬時に完敗の裁きが出れば、気持もサバサバする。でも少しばかりの愚痴は勘弁してほしい。

― 関西人いやインド人は、がめついなあ。でもこれだけの商売のセンスがあれば、もっと誘客ができるのに。

とぼそぼそ呟いた。                                              

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五郎は、カレーハウス『インド』を出るとき考えていた。

確かに全て平らげたが、味は良いとは言えない。再度、入店しようと思わせるには、少々、インパクトに欠ける味だ。そうだ、俺の中に住むあのお節介野郎に聞かれたら、こう答えよう。

― 応援団長のような奴には「これ以上、もうむきになってまで応援するな」と。

― 経営者じみた奴には「人を制するには、絶妙な『間』を研究しろ!」と。

― あの二人への返答が決まれば気が楽だ。るんるん気分で、鼻歌でも歌いながら帰ろう。でも、あの店が見えなくなってからでないと、五郎が満足して帰ったとコック帽に思われるからなあ……。

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それから数日間、五郎はカレーを食べたことが、夢の中の出来事であったのではないかと、自問自答してみたが、ポケットに千円を出した時の釣銭三百円が入っていたので事実に間違いないと悟った。

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カレーを食べた後、五郎はコック帽と顔を合わせるのも何だかバツが悪い気がして、今までよりも心持ち遠巻きに『インド』を見るようになった。また五郎の中のやかましいお節介野郎も、表に現れることがなくなった。


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