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チンドン屋に送られて -1/2 [時々懇]

                           台北・旧建成国民学校 十九回生 池澤 辰夫

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 私の家族は、台北市建成町一丁目一一九番地(現在の天水路)に住んでいました。円()()公園から、太平町一丁目の交番、消防署に向かって百五十米ほどのところで、(その当時、有名な料理屋・蓬莱閣から百米ほどのところで)いわゆる大稲埕に住んでいました。周辺はすべて本島人の人たちでした。その五~六軒となりに、「ボウタイチィ」という四十代のチンドン屋さんが住んでいました。小道具だけは、ハ-モニカ、カネ、太鼓と揃っていましたが、半盲のチンドン屋さんで、いつも、余り見栄の良くない、みすぼらしい衣装をして広告、宣伝をしていました。私たちの子供の頃は、「チン・ドン・チン・ドン」とカネや太鼓が鳴り響くと、「それッ」と「ワァー、ボウタイチィさんが来たッ」とうちを飛び出して彼の後をついてゆくのが楽しみでした。

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 私達家族の引揚げは、昭和二十一年三月三十日、台北駅のフォームで、引揚列車に乗り込み、窓を開けて、近親者と別れの挨拶を交わしているとき、「チンドン、チンドン」と突如として鳴り物が始まったのです。いつものチンドン屋の格好した「ボウタイチィ」さんが来ていたのです。チンドン屋で日ごろから鍛えた彼の音吐朗々とした素晴らしい日本語の演説が始まりました。

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「このような形で、日本人の皆様とお別れするようになったことは極めて残念です。私達のような盲人は、昔は、人間らしい生活は出来ませんでした。それが、このようにして「チンドン屋」として、人なみに生計が立てられるようになったのは、すべて日本の教育のお蔭です。このご恩は、山よりも高く、海よりも広いものです。また、会う日まで、お元気で・・」

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ぼくあずさのComment

「チンドン屋に送られて」は大学時代の学友内藤重信さんから受信したメールに添付されていました。内藤さんを通じて著者池澤辰夫様の御了承を得て転載しました。非常感謝!!

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チンドン屋に送られて -2/2 [時々懇]

http://dorflueren.blog.so-net.ne.jp/2011-07-27-7 

訪台同窓会 ~幸運と再々発見~ [時々懇]

http://dorflueren.blog.so-net.ne.jp/2011-07-25-1

旧・台北建成小学校卒業生一行58人が台湾で合同同窓会

http://www.roc-taiwan.org/JP/ct.asp?xItem=145413&ctNode=3522&mp=202


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大嶋

素晴らしい話です。 
by 大嶋 (2011-07-26 06:38) 

村尾鐵男

昨25日、両国の江戸東京博物館へ行きました。
両国駅近くで昼食を終えて外へ出たら、本物のチンドンヤがいました。三人組で賑やかでした。チンドンヤは既に姿を消したと思い込んでいましたが、未だ健在です。
by 村尾鐵男 (2011-07-26 13:00) 

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