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西柴点描:八景島 [フリューレン村だより]

                                           .by ぼくあずさ


私のKleine Wanderungも5回目となった。「3日坊主にならない」はクリアーした。いつまで続けられるか私自身、とんと自信がない。


柴隧道1時間半ほどを歩くのだが、大体のコースを決めているが拘ることはない。今日は海の公園を歩く予定でした。文庫幼稚園から最短コースで下る細い急坂を歩きながら、ふと2日前に歩いた権現山への尾根道の北側の麓の道が気になった。
写真は金沢文庫駅から昔の道を選んで柴町(地元では小柴と呼ぶ)まで通うバスが通過する柴隧道です。軍用道路なのか高さがとても高い。この先に米軍小柴貯油所があった。


熊野宮大権現
















権現山にある神社への階段を撮影した。石の鳥居には「小柴宮大権現」と彫られた石額が掛かる。

八景島シーパラダイス













 
  


海岸通りを南下すると直ぐに「海の公園、横浜・八景島」の洒落た看板がある。

IMG_4486.JPG
















海の公園の砂浜、潮干狩りや海水浴で賑わいます。

野島と二子山
















中央の小山は安藤広重が描いた金沢八景「野島の夕照」です。その右にあるのが葉山の二子山。

八景島と夏島













   


八景島、右に見える小山は展望台がある野島、麓に旧伊藤博文金沢別邸があります。野島の左後方は発足当時の予科練と追浜飛行場(横須賀市)がありました。


追浜海軍航空隊や海軍航空技術廠
http://shusui.org/5natsushima_kaiyama/5_natsushima_etc_index.html 

PUKUPUKU ISLAND











八景島を散策しました。ひときわ大勢の客が品定めをしているお店がありまたので、写真をぱちり。

金沢山












写真の中央は金沢山です。富士山は見えませんでした。
金沢園の前を通り帰宅する。土曜日(9月29日)なのに閉まっているのが気掛かり。


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コメント 8

ぼくあずさ

hakuさん、たべさん、あんぱんち〜さん、hanamuraさん、アルマさん、
nikさん、rtfkさん
nice vielen Dank!
by ぼくあずさ (2012-09-30 18:34) 

taharas

良いですね、こんな景色の良いところを
散歩出来て、羨ましいかぎりです・・・・・・・
by taharas (2012-09-30 20:07) 

orange

かなりご無沙汰をしてしまいました。
台風の影響が心配されますね。お気をつけください。
関西では日中にあっと言う間に通り過ぎました。
先週、都電 荒川線に乗りました。
by orange (2012-09-30 21:08) 

ぼくあずさ

orangeさん、taharasさん、ma2ma2さん
nice vielen Dank!

taharasさん
コメントありがとうございます。
貴殿のお住まいの地と違い、自然破壊が進み、安藤広重の描く
金沢八景の面影は失われています。江戸前の小柴のシャコも
まったく姿を消しました。

orangeさん
都電荒川線に乗られて早稲田へ行かれたのですね。金城庵は
移転前の理工学部校舎の至近でした。私の学生時代は鋳研
(鋳物研究所)近くの亀鶴庵のたぬき蕎麦が定番でした。
by ぼくあずさ (2012-09-30 21:56) 

夏炉冬扇

こんばんは。
私の3倍ですよ。お元気!
by 夏炉冬扇 (2012-09-30 22:26) 

ぼくあずさ

夏炉冬扇さん
ブログ管理は程々にして近所を歩くことにしました。何時着くのか
分からない最終列車の乗客です。
台風は強風だけで過ぎ去りました。電車は各所で混乱しました。
by ぼくあずさ (2012-10-01 00:23) 

あゆさこ

昨夜、私のブログ「霞城公園」を読んだ主人に、「最上義光の銅像をアップしていたみたいだけれど、両足上げてる銅像の馬は珍しいんだよと載せればよかったのに・・・。」と言われたんです。
先ほど、付け足しました。(^。^)V

両足を上げてる馬の銅像を造ったことで、山形鋳物のすばらしさをアピールしているのだそうです。
あの直径6mの芋煮鍋も、そういうことなんでしょうかね。(*^_^*)
芋煮会が行われる近くに、鋳物を作っている「銅町」という場所があるんですよ。
by あゆさこ (2012-10-02 05:44) 

ぼくあずさ

あゆさこさん
南部鉄器は岩手ですよね。確かに芋煮大鍋を他所から買うはずも
ありませんから、地元産の鋳物なのは理解できます。
逆に鋳物をつくる技術があるから大鍋の芋煮会が始まったのかと
推察します。埼玉県川口は鋳物の町ですが、荒川の川砂が鋳物
砂に適していたからだと聴いたことがあります。
by ぼくあずさ (2012-10-04 08:07) 

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