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こげ茶色の細い竹 -13/21 [北陸短信]

刀根 日佐志

 大きな体をぴんと伸ばして、ゆっくりと説明した。先生と親しい間柄である皆さんは、納得したように頷いていた。
  
月に一回、例会を開き、研究成果を発表することに決まった。終わり近くに、会長人事について先生が、皆さんに問いかけた。
「この学会の会長は、どなたにしたらよろしいですか」
「それは沖峰先生にお願いします」
 全員から同じ意見が出て、会長には先生が推挙され学会は発足した。
    毎月、一度は全国事業評価学会の例会が開催された。二年経った夏の暑い日、次郎は先生から電話を受けた。
「先日、医者に行ったら内臓に影があるといわれたので、現在入院中です。三日後の学会は予定通り出席します」
 あまりショックを受けた様子がなく、自分の病気を、他人事のように淡々と話した。いつもと変わらない感じがした。
「それは心配です。どこの病院ですか」
「病院は自宅の近くで、行きつけのところです。誰にも、話さないことにしようと思います。後の会長は、山田先生にお願いしようと思いますが、どんなものでしょうか」
「あの方なら申し分ないと思います。でもお大事になさってください」 いつもと変わらぬ口調だが、次の会長を決めておきたいと言うのは、症状が相当悪く、思い詰めているのかもしれない。

 
   
三日後、半袖のシャツから太い腕を出し、重い鞄と竹の指示棒を提げて、先生は学会の会場へ入ってきた。病院を抜け出してきたのであろうと思われるが、そんな気配は全くない。鞄を開きプロジェクターをセットし、皆が揃うと例会が開かれた。以前に、観光協会で講演した県内の観光事業評価の研究結果を、ホワイトボードに映しながら報告した。
「T県における観光の評価対象項目として、自然環境、観光客への安全対策、歴史文化、交通、顧客満足度などが考えられます。総合的評価点は、自然環境が最も高い」
   
身体の中では、異状が発生しているが、それを隠した表情には見えない。大きな身体をゆったりと動かし、説明する姿は、いつもと変わっていない。皆から質問や意見も出たが、評価理論の根幹に拘わるところは、いつも自説を曲げない。意固地なところは、今日も健在であった。だが、前を見据えた視線を下に向けたとき、何かしら寂しさを抑えているようであった。


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