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創作短編(37):江戸の悪党向坂甚内 -4/10 [稲門機械屋倶楽部]

                                     2011-10 WME36 梅邑貫

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「吾は剣術の修行で諸国を巡りおる者にして、宮本武蔵と申す」

 宮本武蔵と名乗った武士は、今や年齢だけは一人前になった甚太郎と同じ年代と見受けられますが、高坂對馬はその宮本武蔵の礼儀正しい振る舞いと身辺から漂う求道者の雰囲気に圧倒されました。

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 宮本武蔵が攝津芥川の高坂對馬の庵に宿を借りたのはほんの数日でしたが、高坂對馬は考えました。

「自分も若くはない。いや、これから先はそれほど長くはあるまい。孫の甚太郎は体格と体力だけは心配ないが、武士の子としての修練を始めたばかりで、最後まで仕上げることはできまい。特に自分の年齢を思うと、剣を教えることは最早できぬ」

 高坂對馬は幾度も同じことを自問自答して、ようやく決心することができました。

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「武蔵殿、まことに身勝手ではござるが、孫の甚太郎を弟子にしてはくれまいか。わしも既にこの歳、甚太郎を鍛えることが最早適わぬ」

「甚太郎殿を、見ず知らずのそれがしに預けると申されるのであろうか」

「左様。僅か数日ではござるが、武蔵殿は見ず知らずのお方ではござらぬ。武蔵殿の人となりをよう観させてもろうたが、武蔵殿の他には甚太郎を預けられる者はおらぬ」

「承知仕った。甚太郎殿をお預かり申す」

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 かくして高坂甚太郎は宮本武蔵の弟子となって、摂津芥川の庵を離れ、武蔵と共に諸国を巡ることになり、その道中で折を見て、武蔵から剣術の稽古を受けました。

「甚太郎、剣の奥義を究めたいか」

「はい」

「なれば、その邪心を捨てよ」

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 甚太郎にも邪心とまで言わなくても欲はありましたが、武蔵には既に見抜かれていたようで、甚太郎も隙あらば武蔵に一泡吹かせようと狙いましたが、その機を掴むにはほど遠いものでした。


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