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藪睨みで平成二十三年を振り返る -2/9 [稲門機械屋倶楽部]

                                 2011-12 WME36 村尾鐵男

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安全神話の崩壊

現代最高の技術を集めたはずの福島第1原子力発電所が311日の大地震と大津波で完全に破壊され、今は廃墟の如き姿を曝しています。

 1979年、米国のスリーマイル島原発がレベル5の事故を起こし、次いで1986年にはウクライナのチェルノブイリ原発がレベル7の事故を起こしました。この両者の事故と福島第1原発とは事情も事故原因も異なりますが、結果は共に無残なものとなりました。

 私自身も含めて、誰もが日本の原子力発電所は総べて安全で、如何なる天変地変にも耐え得ると信じていました。

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 私は福島第1原発の事故の後、何故、私が日本の原発が安全だと信じていたのかを繰り返して自問自答し、日本の原発は安全だとの説は、実は神話にまで昇華していたことを思い出しました。

 神話はやっかいなものです。戦後、某国立大学の某教授が、神話には信ずるに足る実証がないとして、日本の歴史を塗り替えてしまい、今もその名残が教科書にあり、教える教師にも神話を否定する者が大勢います。

 一方で、神話を信ずる者には、神話はまさに神の如き存在で、先ずは信ずることから総てが始まります。

 日本の原発は安全だとの神話は、私のように技術者でありながら原発には素人の者には極めて信じ易いものでした。

 何故、日本の原発は安全との神話は信じ易かったのか。今にして思えば、政治、官界、産業界、学会、総てが自らを欺いて原発は安全だと信じたからです。

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 原発が安全であると、疑いを挟む余地がないほどに神話化しておかないと、原発自体の建設も出来ないし、研究予算も付けてもらえず、海外の研究発表会へ出掛ける旅費ももらえないからです。

 でも、その神話が脆くも崩れ、否定されてしまいました。何故でしょうか。大地震も大津波も起きないとの「想定」があったからでしょう。神話が成り立つ条件、即ち、「想定」そのもが崩れたので、まさに想定外との声が自然に出ました。得意技のすぐ隣りに不得意領域があるのですが、神話にも落し穴がありました。


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