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発明馬鹿 -11/16 [北陸短信]

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「県外へ出張の折には一度、此方まで足を伸ばしてください。事務所の住所が変わりました。高崎駅より歩いて十分です。駅に着いたらご連絡下さい。お迎えに参ります」

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しばらくして、草本から連絡があったので、駅まで迎えに行った。あちこちで道路舗装工事中なので、二人で歩いて帰ることにした。真夏の昼下がり、焼かれたアスファルトから陽炎が昇り、向い側の景観を激しく揺らしていた。その横を、スピードを出した車はお構いなく通り過ぎ、熱風を煽り立てて行った。〈氷〉の幟を横目に、二人は八郎の事務所に入った。

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八郎の会社は郊外の遊休住宅を事務所、庭を作業所として使用していた。事務所に帰ると彼は作業場に戻り、四、五人の者に大声で指示を出しセメントを水で溶き、捏ねる作業を続けた。辺り一面に、セメントを塗りつけた無数のベニヤ板やスレートの小片が散乱していた。

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草本は事務所の窓側から皆の作業を見ていた。八郎が作業着を脱ぎながらシャツだけになり、タオルで首筋の汗を拭い草本に近寄ると、大声で話し掛けた。

「草本さん。ずっと元気でしたか。警備保障の仕事を辞めてから、俺はこんな事やっていますよ!」

八郎はベニヤ板やスレートの小片を指差した。

「草本さん。もう一寸待ってね。もう少しで終わるから」

八郎はやり掛けの作業を仕上げることにした。しばらくして八郎が作業を終えると、腕をぐるぐる回し、腕の体操をしながら事務所に戻った。すぐさま草本が怪訝な顔をして訊ねてきた。

「警備保障会社はどうなったのですか。資金繰りに苦労されていると、うすうす感じておりましたが」

今迄の経過を、八郎は草本の顔から視線を窓外にずらすと話をした。

「強盗撃退装置の開発に、知人の商社から先方が言うままの契約条件で開発資金を借りたのです。装置は売れずに、その担保に警備保障会社と強盗撃退装置までをも渡してしまったのです。寝る間も惜しみ一生懸命やったのですが報われませんでした。今は防水コンクリートの研究に打ち込んでいますよ!」

草本から聞かれもしなかったが、侘しい気持ちになると、ついつい八郎は家庭のことも話をする気になってしまった。

「発明馬鹿というのは、家庭的にも、上手く行かないものです。今の女房は三人目で三歳になる男の子がいます。議員秘書時代、新婚の女房は選挙戦で半年間、家を空けたら家にもう居なかったのです。議員秘書を辞めた後、二人目は発明に夢中になり過ぎて会社に寝泊りして数ヶ月、給料も入れず家に戻らなかったら出て行ったのです。


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