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発明馬鹿 -4/16 [北陸短信]

                                刀根 日佐志

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 部長はこの次に、最先端の研究について見学をすることを勧めた。この日、三人は別れて再度、集うことにした。

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決めていた日に、八郎は研究所に出向いた。十二月も半ばとなると冷え込んでいる。厚めのコートを着込んで行ったが、それでも襟元から冷気が肌へ忍び込む。その冷気は防寒衣の弱点に狙いを絞ると、辛辣なまでに集中攻撃を仕掛けてくる。襟を立てるが余り効果がない。向かいを通りかかった人は、コートを着て、さらに厚手のマフラーを首に巻きつけ手袋をつけていた。

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研究所の広場と通路に連なっている落葉樹は、葉が落ちて全ての枝や小枝が、剥き出しになっている。その褐色の小枝の集団は針の様な先端を天に向け、何かを大声で吼えているように見える。そんなことに、天空はまるで無頓着で、ひたすら鉛色の曇天を曝け出し、薄暗い雰囲気を作り続けていた。

八郎は研究所に入ると、光の差し込まない寒々とした長い廊下の中程にある部長室に向かった。そこには、応接コーナーでソファーに座る本多と草本の姿があった。八郎は、勧められるまま本多の向かい側の席に座った。本多の横には草本がいた。

本多が研究所の見学を勧めたが八郎は、見学には関心がなかったので断った。ろくに挨拶もせずに八郎は、カバンから弁当箱とランチョン・マット大の薄いビニールシートを取り出した。本多と草本の二人は不思議そうに、八郎の顔を覗いていたが、構わずに振る舞いを続けた。

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「このビニールシートは、私の特許申請中の〈食器シート〉というものです」

八郎は小声で言うとテーブルにその薄いビニールシート製の〈食器シート〉を広げた。さらに、天婦羅、金平ゴボウと、ご飯が綺麗に詰め込まれている弁当箱の蓋を開けた。テーブル上に開いた〈食器シート〉全体には、大きな赤い漆塗りの懐石盆が印刷されてあり、その中に九谷焼の四角いお皿が二枚、さらに、ご飯茶碗が綺麗に印刷されてある。描かれていた朱塗りの懐石盆や食器類の色づかいは豪華であった

八郎は箸を持つと、〈食器シート〉上に印刷されたご飯茶碗の上に、弁当箱からご飯を取り出し、こんもりと盛った。今度は、印刷された四角い二枚のお皿の上に、天婦羅と金平牛蒡を夫々置いた。そして、小袋を破き天婦羅には塩をまぶした。

悪ふざけをしているのではないかという二人の視線を感じたが、構わずに正気を装った。盆と食器は綺麗に描かれてあったので、特に、部長の座っている位置から見たご飯茶碗などは、ご飯が盛られている豪華な九谷焼に見えるものと自信を持っていた。


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