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お節介野郎 -15/15 [北陸短信]

                                                      .by 刀根日佐志                                              

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ケーキ店の時には溝蓋は問題にはならなかったが、その頃から、徐々に溝蓋の強度が弱まってきていたと考えられる。従って、カレーハウスが開店する時に、全部の溝蓋を、もっと丈夫なものに交換しておけば、こんな苦労はしなかっただろうと五郎はコック帽の二人に同情をするのである。

この二人は色々な逆境にあっても、仲違いをすることはなかったようだ。外で退屈そうに壁にもたれ掛かり煙草の煙を吹かすのも、溝蓋の対策をたてるのも、店内の椅子の上に足を長々と乗せて休むのも、常に一緒なのであろう。きっと、幼友達で、仲良しで、インドの片田舎に育ったのではなかろうか。寂しくなると二人で遠くインドの家族のことや、郷里の思い出話をして励まし合っているに違いないと五郎は勝手に推測した。

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インドでは溝蓋はどうであれ、不潔に思える露天の店ですらカレーの店には大勢の人が詰め掛けてくる。それなのに、仮に溝蓋が阿波踊りや黒田節を踊っていたとしても、こんな富山県の片田舎で店に人が来ないのは、彼らには、納得が行かないのであろうと五郎は想像するのである。溝蓋では滑稽で痛々しい数々の努力がなされた。しかし集客について心血を注ぐ奮闘がなかったこの店の終焉は、間近に迫っているように思われた。

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五郎はこの頃、或る重大な決断をしてカレーハウスに歩を向けていた。そしてカレーハウス『インド』に五郎は思い詰めたように、つかつかと入って行った。退屈そうにコック帽の二人が客席の椅子に座っていた。五郎の真剣な顔付きを見た二人は、食事に来たとは考えてないようであった。五郎は客席の彼等の前に座ると、挨拶もせずに唐突に話を切り出した。

「このカレーハウスの経営を一緒にやりませんか」

「……」

 コック帽の二人は狐に摘ままれたように、きょとんとして顔を見合わせていた。五郎は相手がどう考えていようがどうでもよい、自分の考えを力ずくでもよいから押し進めるつもりでいた。

「私はカレーハウスの経営をやりたいと考がえてます」

「わてらはこの店を閉めることに決めたんや」

「であれば、私がこの店を借りますので、あなた達はここで引き続きカレーを作りませんか」

「……」

「北陸人の好みの味、店作りを私は良く研究しております。あなた方は、このまま辞めてしまえば、一生悔いを残すことになりますよ」

「……」

五郎は必ずや味と雰囲気では、富山で一番の評判店を作るぞと心に誓うのであった。そして、今まで何の店も成功を見なかったこの辺鄙な場所に拘った。インド人でも成功しなかったカレーの店を、五郎はそのインド人を使い成功させようとする意地と執念みたいなものを漲らせていた。

                                               (完)


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