創作短編(26): 三日コロリ -5/8 [稲門機械屋倶楽部]
2011-08 WME36 梅邑貫
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「二ヶ月前の五月に西の方の長崎で三日コロリが始まったそうだ」
「そして、今は七月。江戸まで来てしまったんだね」
「そうらしいぞ」
何事にも怯むこともない千代だが、三日コロリだけは勝手が違うようです「お前さん、どうするんだい」と、明るい声が暗くなり、元気な声が湿り気を帯びます。
「ねえ、お前さん、店を閉めて、北の方へ逃げようか」
「千代、落ち着けよ。逃げたって、相手は見えねえんだ。逃げようがないだろう」
「じゃあ、どうするんだい」
「芥子(カラシ)と饂飩粉(ウンドンのコ)を買って来るんだ、千代」
「そんなものを買って、一体、どうするんだい。お前さん」
「熱くした酢に混ぜて練って舐めるんだ。三日コロリにはよく効くそうだ」
「誰に教えてもらったんだい」
「昔からそう言ってるじゃないか」.
江戸時代、「御役三病(ゴヤクサンビョウ)」と呼ばれる病気があり、疱瘡(天然痘)、麻疹(はしか)、水疱瘡の三つで、一生に一度罹れば、二度と罹ることがないと言われたのですが、死亡率が非常に高く、出来れば罹りたくないと誰もが望み、そこへ三日コロリが加わりました。
未だ医学が発達する前のことですから、病気除けの祈願にはじまり、諸々の民間療法が伝えられております。
浮世絵師歌川国芳が描いた戯画があり、これに太吉が語る芥子療法が書かれており、桂枝(ケイシ)、益智(ショウガ科のヤクチ)、乾姜(乾燥生姜)を混ぜた芳香散も効くと記されています。.
千代は神田界隈を駆け巡って芥子と小麦粉を買い求め、これを酢で粉ねって太吉と「不味いね」と言いながら舐め合いました。
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