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お節介野郎 -6/15 [北陸短信]

                                       .by 刀根日佐志                                              

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― カレーも悪くはないが、この団地にアピールする味は出来るの

      かなあ。

― 競合の多いカレーの世界、何で違いを出そうとするのか。

      五郎は目尻に数本の皺を寄せ、眼を細めた奇妙な表情で呟いた。

― でもカレーでも良いか!

― 客を呼び込む方策を考え、知恵と味で勝負すればよい。カレーで

      いこう。五郎は真顔になり、今度はすんなりと妥協し、幾分投げ遣り

      気に呟き、半分は自分が経営しているという気持になっていた。

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春も終わりの晴れ渡った空には、真綿を引き伸ばしたような白雲が幾筋か流れていた。空には小鳥の群れが飛び交い、あたりの木々の間を移動していた。その上空に飛翔する鳶が、数羽ゆったりと弧を描き、ピーヒョロと鳴き声を響かせ、下方を睥睨しているように映った。

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カレーハウス『インド』の店先には、祝開店の花輪二基が置かれてある。それ以外に、華々しく新規開店を誇示するものが見当らない寂しいものであった。

― 何でこの地区全域にビラを入れるとか、開店のサービス券を配る

      とかを考えないのだろうか。解せない。本当にカレーライスを売り

      たいのか!

― このままでは、このカレーライス店の存在を知らせることが出来ない

      じゃないか。

― 一にも二にも宣伝だ。何を考えているのか。頑張れ!

五郎の中に住む、お節介野郎がもごもごと動きだす。そして怒りを露わにして眉を吊り上げ、握り締めた拳を振り上げさせた。 半年くらい経った『インド』は最初の萎えた勢いのままで、客の姿を見ることはなかった。

「この店に一度入りたい。美味しそうだ」と店先から流れてくるメッセージがなければ、お客さんは来てくれない。全てを見通した真面目な顔で五郎は呟く。

 でも一度、店内を覗き、シェフの顔も見て、どんなカレーかを味わってみたいと思う気がする。その反面、数日前に調理した売れ残りの黄色くなったご飯が出てくるのではないかと心配する。さらに、一部は固形化して固まりの混じりあったカレーが出てきたらどうしようかと思うと、この店に入ることには勇気を必要とした。


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