還って来た日々 -21/25 [北陸短信]
刀根 日佐志
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皆の席を決めると、トノは叫んだ。
「これから宴会を始めるさかい、皆さん、隣の広間に移動してください」
トノが横の襖を開けると、その広間に宴席の準備がされていた。
中杉先生が正面の席に座ると、先生の乾杯で宴会が始まった。そのとき、四角い輪郭の顔に窪んだ目、小柄でせっかちな歩き方をする一人が遅れて入ってきた。シーンとなり、入り口付近に皆の視線が向けられると、続いて大きな拍手が響いた。
中杉先生は、今回初参加の一人をすぐに言い当てた。
「あら、ボウや!」
新しい発見をしたように、小さな声を出した。
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三郎も、その横の席で、ナミも呼応する様に、
「そうだ、ボウだ!」
と大声で叫んだ。ボウは何だか機嫌の悪そうな顔で、席に坐った。同窓会場では、宴会が進んでいった。
隣の席から中杉先生は、三郎に話しかけてきた。
「サブはその後、どこの大学へ行ったが」
「A大の理工学部を卒業してN社へ入ったが」
「サブは小学校のときから、理科、算数が強かったからね。やはり理工系へ進んだがいね」
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先生は白い歯を出して笑顔を見せると、頬の下の窪みが少し深くなった。その深みの中に生きてきた克明な甘苦の記録が、刻まれているように感じ、三郎はじっと見入った。
「でも先生よくそんなことを、覚えているがいね。先程お聞きして驚いていたが」
「生徒のことは、性格や趣味まではっきり覚えているが、未だに忘れんがよ」
「でもあの時代は戦後の苦しい頃で、生活実態は悲惨でしたがや」
先生は当時を回顧し、むごい昔を思い出したように、顔をしかめていた。いま眼鏡を掛けているが、当時は掛けてなかったはずであると、三郎は丸い縁の眼鏡と、その奥の目をじっと見た。目は柔和で、包容力のある輝きが感じられる。
「私などは、ご飯に芋の葉や蔓、大根等が混じったものや、水団、雑炊をよく食べましたよ。また、それが美味しかったんや」
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