還って来た日々 -17/25 [北陸短信]
刀根 日佐志
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仁はそれを見ながら、呟いていた。
「あの小父さんは粘りがないちゃ。まだまだ頑張れば負けるちゃ」
仁は母とナミのお母さんから、鱈を一匹ずつ買ってくるように頼まれていた。
商人の中でもひと際、威張っており、恐そうな人のところへ行くと、仁はいきなり切り出す。
「小父さん、その鱈いくらや」
「坊や、鱈、買うがか」
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仁は凛とした顔をすると、子供と思って馬鹿にするなとばかりに、強い口調で言い返した。
「だから、値段を聞いとんがや!」
その商人は、むっとした顔をして金額を示した。
「小父さん、大分高いちゃ!」
子供と思って馬鹿にしていたが、なかなか手ごわいと考えたのだろう。この商人は、真剣になりだす。
「坊や、この鱈大きいがや。ここまでまけた」
「わし、今、この広場を回って見て来たがや。まだ安く売っている人が、いたちゃ」
「ほんなら、特別サービスや」
なかなか妥協しようとしない仁に、商人は苛々して声を荒げた。仁はそんなことにお構い無く、交渉を続ける。三郎は喧嘩になりはしないかと、はらはらしながら様子を見ていた。
「その値段はまだ、サービスがたらんちゃ」
「これで最後や。この値段で」
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何度かの遣り取りの末、商人は投げ遣りに叫ぶ。
「小父さん、分かったちゃ。じゃ二匹買うから、もう少し負ければ買うちゃ」
商人は仁の押しに、とうとう音を上げて、仁のいうなりになった。
最後に商人は仁に聞く。
「お前、幾つや」
「中学生や」
「やっぱり、まだ坊やか」
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ナミと三郎は鱈をぶら下げて歩いた。大きな鱈をぶら下げていることに、なぜか三郎は、優越感のようなものを感じて歩いた。でも重かった。
ナミは仁に聞いた。
「仁さん、なんで、恐そうな小父さんから買ったがけ」
「恐そうに見えたり、偉そうにしている小父さんは、すぐ、かーっとなるさかい、わしらの考えが通し易いのや」
三郎は仁の読みの深さと、駆け引きに感心した。やはり、あの不良の「鬼」が、仁に勝てなかったのは、当たり前のように思えた。
それから「何をするにも、頭を使う者が最後に勝つが」と言った中杉先生の言葉を思い出した。大きなことを学んだ気がして、三郎は青い冬空を見上げて、大きく深呼吸をした。
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