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漢詩の背景 -2/4 [稲門機械屋倶楽部]

                         2011-05 WME36 村尾鐵男

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古代中国の身分制度

 意外の感を持たれるかも知れませんが、古代中国には、日本の江戸時代の士農工商のような厳然たる身分制度はなく、士と庶に二分されていただけでした。

 士は狭義には科挙合格者であり、広義には読書人で、それ以外が総て庶民でありました。

 読書人と言っても、単に読書が好きな者のことではなく、幼少の頃から五経を学んで、長じて科挙試験を受けて合格することで、五経とは易経、詩経、書経、礼記、春秋左氏伝のことで、儒教の根幹を説く書です。

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 冒頭に、古代中国に身分制度はなかったと記しましたが、制度としては確かに存在せず、現実の姿として労働を必要としない裕福な者と労働なくしては生きることのできない者とに分かれていて、基本的には、言葉が適切ではありませんが、平等な社会でありました。

 読書人は官職を得て統治と行政の一員になるか、さもなくば、自宅に篭ってただただ五経の習得に励むかのどちらかで、労働をしませんでした。ここで言う労働とは力仕事のことだけでなく、とにかく働かないのです。

 服装も違います。読書人は男でも裾が長く、袖も長い絹の服を着て、およそ労働には向かない姿恰好をしています。一方、庶民は細身のズボンのような木綿の服を着て動き易く、袖も短くて手仕事に適しています。

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 読書人と庶民とは身分制度で分けられてはいませんから、農村に利発な子供が誕生すると、親と親戚だけでなく、近隣の村が結束してこの子供を育てて勉強させ、やがて科挙試験にでも合格すれば、その親だけでなく、出身地そのものの名誉となります。

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 科挙の試験で見逃してはならないのが、受験に出自による制約が一切無く、我こそはと思う者は誰でも受験できました。今も残る名作の詩の作成者には、若い頃に極貧に育った者が少なからずおります。

 尚、科挙の合格者は、全体で10%ほど、進士は僅かに1%程度であったと伝えられています。


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ぼくあずさ

村尾さん
黄山市西逓に案内された時、村の入口にいくつもの石門があり、科挙合格者の姓名が刻まれていました。村の名誉だけなのでしょうか。
中国の封建制度とは、どんなものなのか、それが現代中国にどんな形で受け継がれているのでしょうか。
by ぼくあずさ (2011-04-28 03:10) 

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