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創作短編(16):水戸黄門と生類憐れみの令 -6/8 [稲門機械屋倶楽部]

                                                          2011-03 WME36 梅邑貫

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 ほどなくして「明国のかけ蕎麦」を盛った二つの丼が、食欲をそそる芳香の湯気を立ち昇らせながら運ばれて来た。

 十分な量の汁に浸された蕎麦の上に、出汁(ダシ)を採るための一枚の大きなハムが載り、その脇に小松菜、筍、椎茸、枸杞(クコ)と松の実が添えられ、盆の脇には小皿に分けられた刻み葱、韮、辡韮(ラッキョウ)、大蒜(ニンニク)、生姜が添えられていた。

「この小皿の薬味は、殿が御考案になられたと聞き及びました」

「左様。わしが諸々試してな、この五品、これをわしは五辛(ゴシン)と名付けたのじゃ。美味であろう」

「はい。まことに美味、この上なき美味にございまする」

「そうよ。これはな、明国にも清国にもなきものよ」と、光圀は自慢しながら、五辛を形よく並べた小皿の中身を次々に丼に放り込み、澹泊も光圀を真似て五辛を丼に入れた。

「澹泊よ」

「はい」

「権現様、わしの祖父である徳川家康公であるが、亡くなられたときは何歳であったかのう」

「御年七十五歳でござりました」

「二代将軍秀忠公は」

「五十四歳でござりました」

「うん、そうじゃ。家光公と家綱公はどうじゃ」

「はい。四十八歳と四十歳でござりまする」

「権現様は鷹狩を好まれ、野兎でも狸でも、何でもよう食されたのじゃ。だがな、世は泰平、戦も遠退き、幕府もこれまた安泰。将軍の膳に載る秋刀魚も、蒸して油を抜いて出て参る」

「秋刀魚の如き下等なる魚を上様が召し上がっておられまするか」

「たとえばの話じゃ」

「はっ、はい」

「代々の将軍が次第に寿命を縮めおる。油抜きの魚、小松菜、大根、白米、これでは長くは生きられん。生類憐れみの令、まことに困ったことよのう」


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ぼくあずさ

村尾さん
興味深く拝読しました。私のよく知る農学博士はご長寿でしたが、
ビ-フステーキを好まれたそうです。札所めぐりでの宿は、まるで
仙人料理でした。動物性蛋白質は岩魚の塩焼きと刺身だけでした。
by ぼくあずさ (2011-04-25 06:34) 

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