創作短編(16):水戸黄門と生類憐れみの令 -5/8 [稲門機械屋倶楽部]
2011-03 WME36 梅邑貫
.
「何じゃ、澹泊は大能を案じておるのではないのか」
「いいえ。案じておりまする。大能を閉じよと上様から一言ありますると、最早、あの火腿の御相伴ができませぬ」
「食い意地が先か」
「はい。殿が考案されましたる明国のかけ蕎麦、あれは美味中の美味、最高にござりまする。今朝、大能からは牛乳と共に、新鮮なる火腿も届いておりまする」
「そうか、火腿も届いたか。ならば、澹泊、明国式のかけ蕎麦も食べるか」
「はい。殿も御所望かと察し、先ほど、殿とそれがしの二人前を作るよう勝手の者に頼みおきました」
「そうか」と言って、光圀は思わず笑ってしまった。「澹泊よ、そちの機転には敵わんのう」
「しかしながら、殿。殿は何と申しましても、天下の副将軍であられます。しかも、上様から見れば、それはそれは怖い御意見番。大能のことは上様が何と申うされようと」
「待て」と言って、光圀は若者の言葉を厳しく封じた。
「巷ではわしのことを副将軍と申しておる。だが、澹泊もよう知っておろう。幕府の役職に副将軍はないのだ。誰がわしのことを副将軍と言い出したかは知らぬ。だがな、わしとか澹泊が遣う言葉ではない」
「はっ、はい」
「大能のことはのう、徳松殿、いや、上様が何か申されたら、わしが江戸へ参る。しかし、上様が何も申されぬなら、今まで通りじゃ。我等が先に騒いではならん」
「はい。心得てございまする」
「うん。よいな、騒いではならんぞ」
「はい。聞き及びますところでは、江戸の中野村に十五万坪とか二十万坪を十万両も掛けて囲い、江戸中の野良犬を集め、餌を与え、大事に育てるとのことでございます」
「そうか。困ったことよのう」
コメント 0