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創作短編(4): 秘密情報の扱い、実に難しきかな -4/4 [稲門機械屋倶楽部]

                                   2010-12-15 WME36 梅邑貫

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「阿部殿、再度お訊ねするが、格段風説書を何故に秘とされたのか。それがしには今ひとつよう解せませんでな」

「他意はござらぬ。堀田殿もよう存知おられる如く、上様、かなり重篤でござりまする。斯様なるときに、世情を騒がせるは愚策の極みでござりましょう。されば、限られた者達のみに伝え、川越藩と彦根藩に江戸の海の防備に励むよう命じております」

「しかしながら、阿部殿、米利堅の艦隊が押し寄せること、既に大勢が知っておりますぞ」

「何処より洩れたか。洩らしたる者を厳しく罰せねばなりますまい」

「貴殿は老中首座でござる。ある事柄を秘とするは老中首座の一存で行うも許されよう。だが、洩れてしもうたら、最早、そのことは秘ではござるまい。洩らしたる者を罰しても、既に手遅れと申すもの」

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 阿部正弘の温和な容貌が半ば頷き、半ば苦渋の心内を顕し、この際は堀田正篤に総てを語らせようと考えたか、無言のままに先を促した。

 「阿部殿、秘としたる事柄はいずれは何処からともなく洩れ出すものでござる。されば、既に洩れたることを依然として秘とすることこそ愚策でござろう。老中首座としての貴殿の権威に関わることでござりまするぞ」

 「ならば、如何にすべしと堀田殿は申されまするか」

 「一度でも秘としたることを、その蓋を外して世の明るみに出すは、その機を計るのがことのほか難しゅうござる。機を逃せば、世間の皆が知りおることを、猶も頑なに秘とする貴殿が笑い者になるのみでござろう」

 「それがし、国體と幕府を護るためには、笑い者になるも覚悟しておりまする」

 「何を申されるか。老中首座とか大老の重職には在る者は笑い者になってはならん。後ろ指指されてもならん。貴殿御一人のことではござらぬ。幕府の威厳と威令を貴殿は体現されておるをお忘れではあるまい」

 「それがしも、左様に心懸けておりまする。しかしながら、今さら格段風説書を世に知らしても、世情の騒ぎを大ならしめるのみでござりましょう」

 「まだ間に合いますぞ。それに、洩らしたる者を炙り出して罰するは避けられよ。その者もお国のためと申すは必定。老中首座と一介の幕臣、いずれがお国のためなるかを問われるは貴殿の恥辱でござろう。今からでも遅そうはない。格段風説書を明るみに出されよ」

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 堀田正篤は後に正睦と改名するが、薩摩の篤姫が徳川十三代将軍家定の正室となってことを機に、畏れ多いとして「篤」を「睦(ヨシ)」に代えた。 (了)


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