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我が懐かしの名車と迷車(24) [稲門機械屋倶楽部]

                                                                     ・・・・・村尾鐵男 書き下ろし

21.マツダ・キャロル

昨年、平成20年の暮も押し迫った頃、横浜の港南台にある自動車販売店から手頃な中古車が見付かったとの連絡があり、早速見に行きました。老人用として定評のある軽自動車で、スズキ・アルトのOEM版、マツダ・キャロルでした。エンジン回転計もなく、後部ワイパーもない簡素なものですが、走行距離は13,000㎞です。エンジンのアイドリング回転に難ありですが、「まあ、いいか」となりました。

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販売店の者にカーナヴィを付けろと勧められたのですが、これは断わりました。実はカーナヴィの位置が私には極めて都合が悪く、眼鏡を掛けても外してもカーナヴィの画面がよく見えません。見栄で装着するのは高価に過ぎ、軽自動車には勿体無い装置です。それに、裏道のそのまた裏道まで知り尽くした近所だけしか走らないので不要です。 今、「俺も落ちぶれたもんだ」と自嘲しながら乗っていますが、犬と猫を運び、雨の日に自分の食べ物を買いに近くを走るには十分です。  隣組に80歳になる奥さんが独りで暮らしており、オペル・コルサ、日本名ヴィータに乗っていましたが、私とほぼ同じ時期に。期せずしてスズキ・アルトの新車に乗り換えました。その奥さん曰く、「年取ると軽自動車が楽ですね。村尾さんもそうでしょう」 

.マツダ・キャロルは現に走らせているので、「我が懐かしの名車と迷車」にはなりませんが、私達が「稲門機械屋倶楽部」の学窓を離れた頃、マツダの前身であった東洋工業が同名のキャロルを発売しました。当時の軽自動車は後部座席が狭くてきついのですが、キャロルはクリフカットと称して、後部ガラスを傾斜させずに直立させて後部座席上部を広くしていました。しかし、何と言っても、当時のキャロルの最大の特徴はそのエンジンでした。スバル360もホンダ〕N360も空冷でしたが、キャロルは水冷の、しかも4サイクル4気筒で、その静粛さが売り物でした。    でも、このために車重が他を抜きん出てしまい鈍重な走りでした。 

.私は軽くて簡潔な空冷ピストン・エンジンを好みますが、排気規制のために空冷エンジンが姿を消し、最近は50ccバイクまでが次第に水冷エンジンを搭載するようになり、まことに残念であります。WeberSkinner Unionの気化器も、Morganの木製フレームも試すこと叶わず、心残りは多々あります。 長々と「我が懐かしの名車と迷車」を記しましたが、数例を除いて名車か迷車かを断定しておりません。自動車はそもそも機械としての分類から脱け出て、かなり前から嗜好品としての色彩を濃くしております。ですから、〔アバタもエクボ〕の如く、人それぞれの好みと思い入れが交錯しており、叉、家族構成とか主たる使用目的が何であるかによって評価が異なり、名車か迷車かの断定は難しいものです。 しかし、40年近くの間に二十数台を乗り継いでの結果として、私個人はホンダ・Zが最高の名車であり、Pontiac Grand AMが迷車であった考えます。                                                                                                                         ・・・ 2009526日記 (25)に続く


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