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Familie Gedichte : 父母の結婚 [フリューレン村だより]

                       byぼくあずさ
父方の祖母は13歳の時に父親が他界、駿府宿伝馬町の商家の家督を継ぐために宮大工の
杉山家から入り婿を迎えた。杉山の連帯保証人になったばかりに倒産。
長男の伯父は中学を卒業後に深川木場の材木商に就職。父はお寺さんに預けらた後、
深川木場の日本一の材木問屋武市へ。山の印の青梅柱材荷主、増戸村伊奈の野崎本家へ
トラックに便乗して訪ね、侍の娘杉浦スミとその孫の母に出会う。
他方杉山家は徳川慶喜の子一人を引取り養育。徳川幕府・駿府という共通する
Familie Gedichte と母の都会への憧れから結婚。
商才のあった父は独立して「富士一登駿河屋材木店」を田端新町に開く、倒産した武市の
商権を引き継いだ先にはビール会社、東京食品、日活蒲田撮影所などがある。
同僚の多くは栃木、福島の製材工場の長男たちでした。戦後は山の荷主として取引した。
10年程前まで続いた「西島いとこ会」は33名の正会員の大半は材木関係でした。
私の早稲田大学進学希望は早稲田文学部卒の高校時代の担任A先生から「早稲田には門が
ない、誰でも入れる。」と聞かされた。母は建築科への進学を望んだが、私は高い処が
嫌い。縁故疎開先の叔父の家で阿伎留野の空を帝都東京爆撃に飛ぶ米爆撃機B29の編隊に
高射砲弾は届かず、戦闘機の急降下体当たり攻撃、首尾よく成功しても敵機は煙を吐きな
がら高度を下げながら逃走する惨めな光景が今も脳裏に残る。
ロス市向けゴミ焼きプラント用蒸気タービンの連続受注成功時は「仇が取れた」と内心
歓びが込み上げた。


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