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創作短編(50): 五十回記念 山岡鐵舟 -13/22 [稲門機械屋倶楽部]

               2012-08 WME36 梅邑貫


  山岡鐵舟は背後から銃弾を浴びながらも、薩垂峠を駆け下り、峠を下ったところにある「望嶽亭」へ跳び込みました。
「薩長の兵に追われておる。済まんが匿ってくれんか。拙者、怪しき者ではない。幕臣山岡鐵太郎と申す」
 亭主の松永七郎平は、鐵舟を一目見て、その風貌から何かあると察して奥の座敷へ入れ、女房のカクを呼びました。
「このお侍さま、山岡様と申されるが、カク、直ぐに姿恰好を替えて差し上げろ」
「どんな姿がいいかねえ」
「そうだな、この辺りで目立たぬ恰好だ」
「ならば漁師だよ、お前さん」
 カクの手捌きは早く、鐵舟に有無を言わせずに旗本の衣裳を脱がせ、箪笥から亭主が釣りに行くときに着た古着を出して着替えさせ、続いて鐵舟を座らせて髷の元結を切り、漁師らしい髪型に替え、さらに鐵舟が脱いだ衣裳は汚い風呂敷に包んで裏庭の隅に放り出して知らぬ顔を決め込みました。
 
鐵舟はフランス製の十連発ピストルを懐に隠していましたが、このピストルは今も松永家に大切に保存されているそうです。
 
一方、亭主の七郎平は、急ぎ文を認め、店で働く栄兵衛を呼びました。
「栄兵衛、夜遅く済まんが、これから出掛けてくれんか」
「へい。何処へなりとも」
「奥座敷に漁師姿に替えた方を匿っておる。裏の蔵の横の抜け道から浜へ出て、舟を漕いで清水までお送りするのだ。お前がお連れする方は幕府のお侍だ」
「清水のどちらへ」
「次郎長殿だ。この文に委細認めてある故、黙って次郎長殿に渡すのだ。それから、カクが作った風呂敷包みも忘れずにな」
 清水の次郎長が若い頃、この松永七郎平の店で働いていたことがあり、次郎長が一家を成してからも親しい関係が保たれていました。
 鐵舟が望嶽亭を栄兵衛の手引きで浜へ向った直後に追っ手の兵達が来ましたが、最早目指す鐵舟の姿は消えていました。


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ぼくあずさ

清水次郎長が登場しましたね。子供の頃、広沢虎三の浪曲をレコードで
よく聴きました。蓄音器とレコードを疎開していたのです。
by ぼくあずさ (2012-08-23 01:45) 

梅邑貫

疎開先へ運んだ蓄音機と広沢虎三の浪曲レコード。
煎餅でも齧りながら清水の次郎長の名調子に聞き惚れる。
ぼくあずさ氏の優雅な疎開生活の一端が偲ばれます。
by 梅邑貫 (2012-08-23 16:14) 

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