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創作短編(26): 三日コロリ -6/8 [稲門機械屋倶楽部]

                                    2011-08 MWE36 梅邑貫

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この物語の四年後、文久二年(1862)にも江戸で三日コロリが流行りますが、このときは「金時(キントキ)コロリ」とも呼ばれたのですが、「流行(ハヤリ)金時コロリを除(ヨ)ける傳」なる書が刊行されました。ある家の主が夢で旅姿の弘法大師に出遭って教えられるのですが、コロリ患者の枕元で芥子を燻すと、その煙をコロリが嫌がって退散すると説明しています。

江戸時代、芥子がよく売れたと想像しますが、芥子を育てる農家と芥子を売る八百屋の知恵には驚かされます。

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太吉と千代は幸いにして三日コロリには罹らずに済みましたが、江戸では十人に二人か三人が三日コロリに感染し、その内の一人が死亡しました。

「お前さん、芥子が効いたね」

「うん。よかったな」と答えて、太吉は首を擦りました。

「ところでね、鎮西八郎の護符も欲しいね」

「そうだな」

「何処かで見つけたら、買っておくれよ、お前さん。早い方がいいよ」

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鎮西八郎とは平安時代末期の武将で強弓で知られた源為朝のことですが、保元の乱で敗れて伊豆の八丈島へ流されました。

ところが、八丈島では疱瘡、即ち、天然痘に感染する者がまったくおらず、鎮西八郎源為朝が疱瘡の疫病神を抑え付けているからと当時の人達は考え、その護符は疱瘡除けの守り札となりました。魔除け札は概ね朱色で描かれておりますが、朱色は魔除けの色でもあることから、鎮西八郎源為朝の疱瘡除け護符も朱色で描かれ、これを赤絵と呼びました。

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「お前さん、ようやく赤絵を買って来てくれたんだね」

「ああ、随分と探したぜ。深川のお不動さん、あすこの門前で見つけたんだ」

「これで一安心だよ」


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hanamura

江戸の情報化と、市民の今も変わらない気質に、興味津々です。
by hanamura (2011-08-15 08:49) 

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