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還って来た日々 -24/25 [北陸短信]

                                刀根 日佐志

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 彼の弱音を聞き、勝ち気で元気者のトシオを知る三郎は、その大きな落差に得体の知れない悲愴な気持ちがこみ上げてきた。これは返事をするのも辛いくらいに、体が衰弱しているに違いないと思った。

「体を治して元気になってくれよ」

「……」

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 トシオのお母さんから、酒をやめるように説得を頼まれたが、既に、その段階は過ぎ去っていたやに思われた。

弱々しいトシオの声を聞き、三郎は励ますだけが、精一杯であった。そのときアルコールが肝臓を機能不全に陥れており、身体がかなり悪化していたように思う。それが最後で、間もなく訃報を聞いた。一時期、中杉先生はトシオの深酒を教え子から聞き、お酒を控えるように、手紙を出したことがあったという。

先生は現在に至るまで、やはり皆の先生なのである。いつまでも、教え子のことを気に掛けている。今になれば、元先生と生徒との年齢差は見かけ上、余り差はなくなったが、距離感は以前のまま維持され保たれている。誠に、人間と人間の関係には、興味深いものがあると三郎は思った。

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同窓会は旧友との出会いと、多くの思い出を残し、終わりの時間が来た。座を盛り上げていたトノは、杯の酒をぐいとあおると、両手に箸を持ち席から立ち上がった。了解を得るかのように先生に視線を送ると、

「皆の美声を聞かしてくれ。大声で蛍の光を歌うぞ!」

肩をいからし極端に大きく上下させ、箸をタクト代わりに指揮を執った。

別れの時間を惜しむかのように、全員が席から立ち上がると腕を振り熱唱した。俯き加減な先生の目からは、きらりと光るものが見えた。再度のアンコールの歌声が消え、フィナーとなったが、まだ光っていた。

同窓会から三年後、残念なことに、中杉先生は肺炎を拗らせて亡くなられた。かえすがえすも残念に思うが、三郎はあの時の同窓会に出席でき、先生と皆に会えたことが幸運であったと思っている。


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