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還って来た日々 -22/25 [北陸短信]

                               刀根 日佐志

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 三郎は当時を思い出して言う。

「それはまだ良い方で、学校に弁当を持って来れんで、校庭の隅で鉄棒にブラ下がりながら、昼時間を過ごしていたがや。残酷な時代でした。そんな子が、何人かいたが」

 先生は、本人が宴席にいるのも構わず大きな声で名前も出して、歯に衣着せぬ言い方をした。なんでも、ずばずばと平気で話して着飾らない。それが的を射ていて嫌味を伴わない。でも語りかける目には、労りと暖かみが感じられた。この人と話をしていると飽きがこない。半世紀が過ぎても、元先生と生徒の間を結んで離さないものがあった。

そこへサイが、先生の前にお酒を注ぎに来た。

「サイ、元気でやっているがか。今、どうしているがいね」

「元気でやっとるちゃ。いま、B社の自動車整備の仕事をしとるが」

 と語るサイは、昔ながらの威勢のよい風貌を見せていた。彼は今も変わらない。

「サイは、しり高(市立工業高校)の機械を出たがやね」

先生の記憶の中に、生徒の経歴がしっかりと、格納されていた。

そこへ、テイ子が先生の前に来た。

「もう病気治ったがかいね? 入院しとったがやろ」

「もうすっかり良いがや」

「テイ子、あんた娘さん二人やったね。もうお孫さん何人ね」

「もう二人ずつで四人いるがや。上の娘は、ボウの近所に嫁いだがや」

今度はボウの話に飛んだ。テイ子は先生から離れた席で、ボウが友人と談笑していたのを横目で見ながら話した。

「ボウはK工業で、会社のお偉いさんになっているらしいが。たしか、部長と聞いているがや」

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 テイ子は娘から聞いたことを話したのだろう。

「ボウは小さくて、よく皆から泣かされていた。言うことを聞かない子でね、宿題はしてきたことがない子でした。その子が偉くなったがやね」

 先生はテイ子から聞いた教え子の出世に、目を細めて喜んでいたが、話を続けた。

「ボウは、とにかく腕白坊主やった」

 先生は急に若々しい表情をすると、思い出したように話を続けた。

「うちの学校は、特に、腕白が多かった。学校近くの梨畑から小学生が、梨を盗っていくと苦情が多くきてね。何度も、校長先生が謝りに行ったがいよ」


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