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還って来た日々 -20/25 [北陸短信]

                                                                  .by 刀根 日差志

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.「……」

しばしの沈黙が続いた。

「サブやろう。確か理科系の得意な木本三郎君ですね。貴方は髪も黒々として若いがいね。染めているのでは、ないがだろう」

間を置いて先生は答えた。

すると皆から口々に、「サブだ!」と五十年間を凝縮した驚きに似た叫び声が、涌き上った。

「いや先生、恐れ入りました。木本三郎です。皆さんどうもご無沙汰で!」

(理科系に強かったことまで覚えているとは、驚いたなあ)

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 三郎は立ち上がり、先生と握手を交わすと皆に一礼して、車座になった談笑の輪に加わった。半数は女性で、顔が丸々と身体も太った者が多い。一瞬見ただけでは、先生と同年代と思える者もいた。それほど先生の方が、若く見えたのであろう。皆と話しているうちにテイ子、トノは小三のときの顔と重なってきた。

「サブ、久しぶりやなあ、わしを覚えとっかぃ(覚えているかい)」

 横の席から、白髪に少々の黒い色を混ぜた髪の男が、話しかけてきた。

彼には、聡明な目、長い顔、説得力のある声に特徴がある。確かに、覚えている。いや、間もなく思い出しそうだ……。幼い頃に刻まれていた記憶よりも、年輪を重ねて爽やかさが加わっている。じっと見ていると思い出した。

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「分かるちゃ。お前は勉強ができたから忘れとらん。なーん昔と変わらん。髪の色が白くなっただけやちゃ!」

 三郎は彼の差し出した大きな手を握り、金沢弁で応じた。もうお互いにあだ名で呼び合っていた。

 そこへすっかり頭が禿げ上がり、好々爺に見える幹事のトノが来た。

「サブ、お前も昔と変わらんな。宴会の席順を決めるさかい、くじ引いて!」

 トノは老眼鏡の奥から優しく目を細めて、くじの入った紙袋を差し出した。白いものが目立ち始め、への字に垂れ下がった眉毛を、一層下げると微笑んだ。そして三郎の選んだくじを広げると、澄んだ声で叫んだ。

「お前、中杉先生の横の席や、正面の左横や」

 こまごまと世話をするのが好きなこと、そしてこの澄んだ声、トノは何も変わっていない。昔のままだ。


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