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還って来た日々 -13/25 [北陸短信]

                                刀根 日佐志

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正面から飛び込んでくると身構えた「鬼」は、二つの鉄拳を胸の前で揃えていた。しかし、仁が目の前から消えた。「鬼」は午後の眩いばかりの直射日光を顔面に受け、唖然とした表情で固まったままの姿勢でいた。そして相手の予想をはるかに超えた計略と、俊敏さに追従できなかったのであろう。

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つまり、既に観念していたと、三人組は仁を甘く見ていたらしい。確かに、無防備を思わせる仁のだらりとした恰好は、全てを投げ出していたやに思わせた。緩慢を感じさせた動作は、突如、敏捷になった。でも眼光は終始、爛々と光っていたのを、彼らは見落している。

「鬼」には油断がもたらした悔悟の念が、残される結果になった。だが、これだけ黒白が瞬時に明明白白となれば、「鬼」には激怒する気持が湧き上がることはなかったに違いない。強い陽光に、照らされた眩しそうな「鬼」の顔は、ひと際、無力感に充ちていたが、その心の中に一抹の清爽な風さえ吹き抜けていったのではないだろうか。

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三郎は何事もなく済んでほっとし、仁の大胆不敵な行動に敬服した。あの奇計は、時代物の好きな仁が、物語からヒントを得た策であったに違いないと思った。仁はちみつであり一度考えたら、それを貫くところがある。全ての面で、三人組より数枚上手に見え誇らしかった。

「三人組を相手にするちゃ凄い。仁さんは凄いちゃ」

ナミとトシオは上気した表情で、小声で呟いていた。

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後日、ナミとトシオと三郎が、中杉先生にこのことを話した。

「時代劇に出てきそうな場面やね。三人とも良く覚えときなさいよ。勝負をせんで勝つことも。それと何をするにも、頭を使わないと駄目なが。でも、不良を相手にせんほうがよいがよ(しない方が良いわよ)」

先生は、三人の頭を撫でながら、にっこりと笑みを浮かべて話をした。そして、もう一度、「何をするにも、頭を使う者が、最後に勝つが!」

と小さな声で囁いた。

三郎は中杉先生に、頭を撫でられたことが意味もなく嬉しかった。だが、それ以上に、仁の行動を手本にしなさいと言われたことが、弟として誇らしかった。三郎はあらためて「勝負をせんで勝つ」「頭を使う者が勝つ」と頭の中で反芻した。


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