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創作短編(25):雪華図説 -3/7 [稲門機械屋倶楽部]

                           2011-07 WME36 梅邑貫 

「殿が御苦心なされましたる雪華圖説(セッカズセツ)でございますが、そろそろ次のを拝見したいと、浴衣を届けて参りましたる大丸の番頭が申しおりました」

「うん。左様であろうな。前の雪華圖説は、あれは天保三年(1832年)に出したものであったのう。でもな、十郎兵衛、そちもそうだが、忙しいのう」

「はい。大阪城代と京都所司代、殿も落ち着かぬ日々でございました。しかしながえあ、江戸へ戻りました故、そろそろ次の雪華圖説をお考えになられては如何でございましょう」

「うん。大阪や京に於いて、雪の華が江戸とは異なりおることも判り申した。そうだのう、そろそろ次の雪華圖説を整えるか」

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 雪華とは雪の結晶のことであり、土井大炊頭利位は大名の余技として、この時代では珍しくも雪の結晶を観察し研究していたのであり、それを図鑑として出版したのが「雪華圖説」でありました。

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 土井大炊頭利位は空になった自分と泉石の切子グラスにオランダ・ワインを注ぎました。

「殿より頂戴致しましたる印籠」と言いながら、鷹見泉石は角帯に挟んだ緒締の紐を外して印籠を土井大炊頭の前に出しました。

「この印籠は御記憶でございましょうか」

「覚えておるぞ、十郎兵衛。一片の雪華を漆で描かせしもの。他にはござらん。唯一つの印籠ぞ」

「はい。殿より賜った逸品。しかしながら、それがし、大切に収蔵せず、日頃より使いましてござりまする」

「うん。使うてくれる方が嬉しいぞ」

「はい。しかも、会う人ごとに見せびらかしておりまする。何処で買い求めたか、いかほどであったかと、それは煩そうございまするが、それがまた楽しゅうございまする」

「十郎兵衛も人が悪いのう」

 江戸へ戻った安堵感と主従を通り越した関係はいつしかワインが足りなくなり、追加を持って来させ、猶も雪華の話が続きました。


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