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創作短編(14): 縁切り寺 -2/7 [稲門機械屋倶楽部]

                                          2011-03 WME36梅邑貫

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「名は何と申すのじゃ」

「志乃と申します」

「この徳川山満徳寺を何たるか、知って参ったのであろうな」

「はい。承知の上で参上致しました」

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 上野(カミツケ)國新田荘の尼寺満徳寺の別棟のある御用部屋で、縁切り寺役人の鈴木小兵衛は跳び込んで来た女と対座した。表の白州に座らせるべきだが、正月が明けて間もないこの時節、鈴木小兵衛自身が風邪気味で寒いから、部屋の中で訴えを聴くことにした。

「何処に住み、何をしおるのじゃ」

「江戸の箕輪で反物を商っております」

「左様か。それで。連れ合いは」

「利平と申します」

 問われるままに落ち着いて答えていた志乃だが、亭主の名を口にした途端、我慢の限界を越えた。

「反物屋ですが、お針子も置いて、着物も縫っております。利平はそのお針子の一人に手を出して。所帯を持って五年ですが、まだ子供ができないと私を責めて、勝手放題。隣が八百屋ですが、その八百屋の女将さんの話では、利平はこと女となると、昔から手癖が悪かったそうで。初めはやんわりと遠回しに話したんですよ。でも、全然聞く耳持たないどころか、近所に長屋を借りて、利平はお針子の玉を連れて住んでしまったんですよ。利平の奴、どうも怪しいと疑ってたんだ。あの子も同然のお針子を見る目が異様に光って、気味悪いったらありゃしない。いやったらしい下衆な男だよ、利平は。でもね、私は、こうやって家を出て来て、もう気分はさっぱりですよ、お奉行さま」

「わしは奉行ではない。ただの役人だ」

 鈴木小兵衛は右手を上げて志乃の言葉を遮り、いつもと同じだが、志乃の気持ちが鎮まるのを待った。その後、型通りに、両親の名、名主と町会所の差配役の名、利平の親兄弟の名と住処、仲人の名、その他の細かいことを聞き出して書状に書き留めた。


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