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創作短篇(9): 初の偽造外交文書 -6/6 [稲門機械屋倶楽部]

                            2011-01-18 WME36 梅邑貫

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「今、我等が心すべきは外国の軍艦を兵庫沖のみならず、この大阪の海より一刻も早よう立ち去らすことでござりましょう」

「うん。左様であろうのう」

「兵庫開港、一切まかりならぬでは埒が開きませぬ。しからば、兵庫は今直ぐには開けぬが、後日、準備整えたる後に開港致すとし、さらに、ロッシュ殿は老中の連署による文書でも構わぬと申しおりまする」

「山口殿、それは無理と申すもの。それがし、これより京へ戻り、老中の方々より一筆頂戴するは、皆が頷き申しても、十月七日には到底間に合わぬではござらぬか」

「謀書。これ以外にはござりませぬ」

山口駿河守の一言に松平伯耆守は思わず仰け反った。「謀書」とは偽造文書のことであり、これを作成して外国へ手渡せば大罪である。

「それだけではござりませぬ。老中連署となれば、花押が欠かせませぬ」

「花押まで偽るとなれば、これは謀判、公印の偽造でござる。切腹覚悟でなくてはできん」

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 山口駿河守は控えている祐筆を呼び、英仏米蘭に渡す同じ文書四通の作成を命じた。老中連署の欄には外国事務取扱か外国奉行を経験した肥前唐津藩主小笠原壱岐守長行、陸奥棚倉藩主松平周防守康直、それに目前で呆れ顔の松平伯耆守宗秀の名を並べ、祐筆が持つ多数の文書の中からこの二人の大名の花押を見つけて、似せて描くよう重ねて命じた。

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 山口駿河守は「条約は結ぶ。兵庫は遠からず開港する」との勅許を得た旨の老中連署の文書を四ヶ国の公使や外交官に約束の期限内に手渡すことができた。

だが、老練な外国の外交官が何をするか判らず、兵庫沖の艦隊が大阪湾の湾口へ向かって動き出すぬを天保山で確認して、ようやく安堵の息を吐いた。


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