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白居易の世界 -1/11 [稲門機械屋倶楽部]

                            2011-01-01 WME36 村尾鐵男

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白居易(ハク・キョイ:Pai Chu-i)は字を「楽天」と言うので、日本では「白楽天」の名でよく知られております。尚、号は酔吟先生と称しますので、よく呑みよく詠ったのであろうと察します。

白居易の生まれは772年で、没年は846年ですから、唐王朝の盛んな時代で、日本では奈良朝末期の頃から平安朝初期に相当します。

白居易も科挙の中でも難関と言われる進士に29歳で合格しておりますから、当時の英才の一人でありました。しかし、白居易の家柄は代々が地方官勤めであり、白居易も晩年は蘇州や杭州での勤務が長く、その間に数々の秀作を世に問うております。

白居易が詠んだ詩は3,800首もあると伝えられ、群を抜く多作の詩人でした。代表作、特に「長恨歌」は平安時代の日本へも伝えられて、紫式部も白居易に傾倒し、源氏物語にも少なからざる影響を及ぼしたとの説もあり、又、菅原道真の漢詩には白居易の影響が見られとの研究結果が発表されており、清少納言の枕草子にも「白氏文集」への言及があって、我が国の平安文学及ぼした影響は少なくないと思われます。

白居易の詩はある時期を画してその作風が大きく変わるのですが、前半は「諷喩詩」と呼ばれるもので、政治とか現実社会を批評するものでありました。ところが、後半では一転して作風が変わり、人生の機微や日常生活の楽しみをしみじみと詠う「諷喩詩」へ移りました。この「諷喩詩」から「諷喩詩」への詩風の変化は何に因るのかとの研究も続けられており、しかし、いずれにしても、白居易の詩は型に捉われることがありません。白居易の詩は私のような素人には、詩と呼ぶよりは文章に近いと思われます。「長恨歌」についても後で記しますが、長大な「長恨歌」は詩の形を採った物語であり、叙事詩とも言えるものであります。

冒頭に「一字至七字詩」(一字より七字に至る詩)を掲げますが、「ぼくあずさは地球人」の掲載一回分の原稿量を完全に使い切りますので、先に説明をさせていただきます。五言とか七言の詩の形を敢えて崩し、白居易の遊びかも知れませんが、一行一字から始まって、最後は一行七字で終わる詩です。


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