こげ茶色の細い竹 -14/21 [北陸短信]
刀根 日佐志
それから、先生は皆からの意見が出尽くすのを、じっと待っていた。いらいらしている様子もなかった。一身上のことを、話すタイミングを待っていたのが窺い知れた。ホワイトボードの前に立ったまま、背筋を伸ばし大きく深呼吸した。
皆に、やんわりと語り始めた。
「私は身体の都合で、学会を離れたいと思います。したがいまして、これから会長を山田先生にお願いしたいと思いますが」
「そんなにお体が悪いのですか」
一人の会員が不安そうに聞いた。
「よく分かりません」
先生は、明確なことは言わなかった。
「先生、まだ定かでないのであれば、いま辞めると言わなくて、我々は待っております。会長の事柄は、後にしましょう。先生の戻ってくるのを待っております」
大学教授の一人が発言すると、皆は同調し意見はまとまった。
例会が終わると、会員の一人である眼科医は、皆が帰った後も、先生と話をしていた。
「沖峰先生、なんの病気ですか。差し支えなければ教えてください」
先生の横の席に座った医師は、説得気味に話をした。
「……」
先生は顔を正面に向けて、そんな問いかけに、全く答える気配がない。
「沖峰先生、私の持論は、八十歳も過ぎて、身体の検査をすれば、何かと不都合が出てくるのは、当たり前と思っています。異常が発見されると、不安が不安をかきたて、ストレスが寿命を早めるものと思います」
医師は先生の内心を読み取ろうと、横顔をじっと見ているようであった。先生は黙っていた。
「出来ることなら、いっさい検査もせずにいることだと思います。私は何か異常があり、仮にそれが癌だとしても、体力の消耗を抑え、免疫力を持続して、癌と共生することにしようと考えています。先生、何かあっても手術は避けたほうがよいですよ」
「私は手術をしません」
先生は腕を組み、前を見ていたが、始めて、ここで口を開いた。身体にメスを入れることは否定した。医師は、ほっとしたかのように上を向いた。
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