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こげ茶色の細い竹 -12/21 [北陸短信]

刀根 日佐志



 数日後、T市内の喫茶店で、先生と会うことになった。狭い喫茶店の窓際席が、空いていたので二人はそこに座った。
   
小さな椅子に、大きな身体を窮屈そうに納めると、先生は三枚綴りの書類を次郎の前に差し出した。
「全国事業評価学会を、作ろうと思っていますが」
 次郎に語りかけてきた。
「学会はそんな簡単に作れるのですか」
「ええ、ただ大きな組織になるかどうかは別にして、だれでもつくれます。現在、会員数、四万人の日本機械学会でも、明治時代に数人でスタートしたのです。この学会も将来は、大きな組織になることを願っています」
「それは楽しみです。ぜひ作りましょう」
 入り口近くの席は、扉が開く度に、外の寒い風が足元を吹きぬけていく。恨めしそうに奥の席を見たが、空いた所がなかった。先生はそんなことは、気にする風もなく話を続けた。
「そこで社長さん。副会長になって下さい」
 資料の説明をよく聞くと、先生と親交のある大学教授十五人で、学会がスタートする趣意書になっていた。
「学者ばかりの中に、私が入っても場違いな感じがしますよ」
「この評価を、一番分かっているのは社長さんですよ」
 先生は次から次に物事を進めていく。企画力と指導力がある。評価について次郎は、完全に先生の熱意に引き摺られてここまできた。もしかして、先生は実業家になった方が成功したのではないかと、ふと、次郎は考えてみた。でも実業家は駆け引き、ときには、ハッタリや泥臭いことも平気でせねばならない。やはり学者でよかったのかも知れない。
  
いつもの淡々とした調子で、学会発足の説明が終わると、未来を見据えたかのように、嬉しそうに笑顔を見せた。先ほど、砂糖をスプーンで四杯も入れたコーヒーを、美味しそうに飲んだ。
   
五日後、全国事業評価学会の発会式が開かれた。先生から先に、説明を受けていた県内の大学の先生方が集まった。
  
始めに、先生から挨拶があった。
「あらかじめお送りしました書類を、お読みいただいたと思います。事業評価は人文科学、社会科学、自然科学など多岐にわたる分野で、数式を使い評価し点数で表示されます。これを全国に広め、多くの研究成果を上げて生きたい」


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