SSブログ

こげ茶色の細い竹 -11/21 [北陸短信]

刀根 日佐志 
  
即座に、次郎は先生と教育長の表情を見た。先生はいつもの淡々とした顔つきで、会議室を何度も見渡していた。どの程度、皆が理解してくれたのか、気掛かりであったのだろう。教育長はじっと資料を見ると、テーブルに出されたコーヒーを飲み、満足したように前を見ていた。
  
市の担当者が新聞社に「市民の代表者により、事業評価を行います」と連絡したところ、新聞記者も取材に訪れていた。
  
その記事は、翌日の新聞に載った。
「新聞を見ました。評価理論を詳しく教えてほしいと、二十件くらいの問合わせがありました。今日、S市の建設課へ寄ってきました。その他の問合せ先に、随時、説明に行こうと思っています」
   
いつも、夕方八時頃に、先生からの電話があった。長い話になりそうだと思い、次郎は受話器を取った。訪問先の状況報告である。いつも、電子メールでよろしいですと、喉元まで言葉が出てくる。が先生の熱のこもった顔を思い浮かべると言えない。
「D社へ行くと、発電所の安全評価をしたいと、担当部長から話がでました」
 先生が三菱デボネアに乗って、ノートパソコンとプロジェクターを入れた鞄を肩に掛け、支持棒の細い竹を持って各社を回られている姿が、目に浮かぶようである。この後も、訪問を続けて、その都度、詳しく連絡を受けた。できたら後継者として、この評価の事業を次郎が引き継いでいって欲しい。今はボランティアで私が続けますが、のメッセージが込められているのであろう。
   
次郎は仕事に追われる毎日で、今度、客先に同行をしましょうと、迂闊に言うわけにもいかなかった。でも、先生はこの評価理論を、真に理解しているのは次郎である。私の話も良く聞いてくれ、心から信用できる人だと思っているようであった。何度も共に役所に出向き、先生の自宅にも、数回お伺いし打ち合わせをした。
  
仕事が終わると、いつもの喫茶店でコーヒーをすすり、毎晩のように電話連絡がある。その内に、何かしら互いの気心が通じ合い、人知れぬ太い絆ができていくのを次郎は感じていた。
今まで、先生の評価にまつわることがらは、忙しい仕事の合間に、損得ぬきで優先して取り組んできた。その結果、役所に採用され、他の市役所や民間会社からも、問合わせが来るようになった。机の中にしまってあった先生の評価理論が、世の中に飛び出していこうとしていた。
nice!(6)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:blog

nice! 6

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。