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こげ茶色の細い竹 -9/21 [北陸短信]

刀根 日佐志

 社員とくつろぐとき、次郎は仕事のことを、話題にはしないことにしていた。だが、彼等から話が出てきた。
「この不景気を乗り切るには、何をしたら良いがかね」
 若い社員が、誰に聞くともなく話をした。
「先ず、売上げを落とさないことやちゃ。それにはメーカーと、緊密に連携し、新製品を探し、新しい用途を客先に提案することやちゃ」
 ケーキを頬張りながら、彼の先輩が目を輝かせて説得口調で話した。
  
次郎は聞き役に回り、満足げに頷いた。皆が帰ると自分の席に着いた。
「雑用が湧き出てくるようだ」
辟易した表情で呟いたが、即断即決しないと整理が追いつかない。そして、急いで明日の仕事の段取りをする。少し残した書類を、自宅に持ち帰り作成することにした。
 
今までを思い返すと、中小企業を経営し、世の中の変化と、好不況の波に追従するのに夢中であった。家のことはほったらかしてきた。社員に給料を払うのに、一生懸命であった。いつか妻とはゆっくり旅行でもしたい。それは、考えるだけで実現しそうにもない。
  
二人の子供は東京の大学を卒業すると、都内で自分の希望する会社に勤め、所帯も持った。郷里へ戻り、親爺の商売をつぐ気配は全くない。次郎は妻と二人暮らしだ。仕事、仕事で毎日帰宅が遅い。
  
一方、妻は趣味の手芸や、テニスに熱中している。夜になるとテレビにかじりつき、韓国ドラマに夢中になっている。その内、韓流スターの追っかけでも、始めるのではないかと思うくらいである。韓国ドラマは、男が女に投げかける求愛の言葉が、巧みでストレートであるらしい。妻は愛に飢えているのであろうか。
   
ドラマを見ている最中に、電話が鳴りご機嫌を損ねたように、妻が受話器をとったようだ。
「あなた、先生から電話ですよ。また長くなりそうね」
  
皮肉混じりにそっと呟きながら、受話器を次郎の部屋へ持ってきた。

「K市、図書館評価の考え方がまとまったので、メールをします。ご覧になって下さい。電話が長くなりますが、概略の説明をします」
  
先生のいつもの落着いた声が、聞こえてきた。
  
電子メールを送ったのであれば、説明はいらないと思うが、熱意に押されて断わることができない。先生は評価のことだけを、考えていればよいので、作業が手際よく進んでいく。逐一、それを報告してくる。実に仕事に熱心であるが、その一方で、先生は話し相手を欲しがっているのだとも、感じられた。


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