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こげ茶色の細い竹 -7/21 [北陸短信]

                                                                         刀根 日佐志


  
市長室へ行くと、次郎と面識のある市長は、やや大げさな動作で手招きすると、次郎と先生の来訪を歓迎してくれた。
「ようこそ、いらっしゃいました」
 大きな動きは体を大きく見せ、大きな声は部屋の隅々まで響いた。表情は微笑んでいたが、眼鏡の奥からは、鋭い眼光がのぞいているように思われた。
「市の図書館で、私の評価方法を採用して頂きましたので、ご挨拶にお伺いしました」
   
先生はソファーに身を沈めると、ノートパソコンを開いた。忙しい方に詳しい話をしても、どうせ聞いてもらえないのにと次郎は思った。パソコンの画面を市長に向けると、評価した事例のグラフを見せ説明し始めた。
「このように評価結果が、グラフでご覧になれます。よく見れば問題点が分かり、改善活動が容易にできます」
   
市長は最初から、俺には聞いている時間なんぞない。と言わんばかりに先生の話を遮ると、よいものであれば、課長に直ぐ検討させますと、電話で担当課長を呼びつけた。担当課長と係長が、畏まった表情でメモ用紙を持って急いで入ってきた。
   
市長は、部下には人が変わったように、急に言葉がぞんざいになった。
「お前達は、いつも勉強不足やちゃ。こんなよいものがある。良く聞いて研究し、また幹部を集めて研修会を検討せられんか」
 その後、市長の勧めで、市役所の生涯学習課でもこの評価方法の採用が決まった。また他の課でも採用の検討が始まった。
「まだ、時間よろしいですかね。市役所向かいの喫茶店に行きませんか」
   
用事が終わり、帰るときに先生は、きまってお茶を飲んでいこうと言う。
  
喫茶室には、二十点位、地元画家の絵が展示されていた。その絵を眺める先生の横顔を、窓から差し込んだ光が柔らかく照らし、切り揃えた口髭が白く輝いていた。次郎は、お茶の水博士に似ていると、先生の顔を正面からまじまじと眺めた。思わず笑いがこみ上げてきそうになった。
  
それから、二人で絵の批評をしたが、自宅に飾りたい絵がないという意見で、話が盛りあがった。
  
紅茶とケーキをテーブルに並べながら、店員が言う。
「窓のブラインドを、下ろさんでもいいですか」
「秋の陽は気持ちがよい。このままにしておいてください」
   
先生は、屈託無い微笑みを見せて答えた。そして、紅茶に三本目のスティックシュガーを入れると、スプーンでゆっくりとかき回した。スプーンがカップに擦れて、カタカタと音がしていた。
「私は甘い方が好きでしてね」


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