こげ茶色の細い竹 -3/21 [北陸短信]
刀根 日佐志
司会者は次に控えた懇親パーティーの時間遅れが、気になるらしく、未練を残すその姿をまるで気にかける余裕すらない。手に持ったスケジュール表と、腕時計を、何度も交互に見ながらやきもきしているのが良く分かった。
二月に、総会を兼ねて行われていたこの会も、講演会が終わると、隣の懇親会場で会長挨拶の後、立食パーティーが始まった。
パーティー広間は、細い鉄パイプがむき出しになった高い天井の多方面から、カクテル光線が降り注いでいた。ちょうど、大海原で船の甲板から暗い夜空を眺めていたら、小粒だが無数の星が、思い思いの輝きで瞬いていた光景を連想させる。
見上げると、明かりはきらきらと眩しい。人々の様子は、退屈な講演会のときとは打って変わっていた。とても平穏で、心の中まで和んでいる表情である。皆は親しく語り合い、好きなものを頬張り、この時間を楽しんでいるようである。
中央には、数種類のオードブルが並べてあった。昨夜、遅い夕食で次郎は胃が重く、麺類コーナーへ行き、お碗を受け取ると蕎麦をすすった。横の刺身や寿司が並べてある所は、多くの人が集まっていた。北陸人は魚と切り離せない拘りがあるのだと、次郎は横目で眺めていた。
広間の両脇に十数か所の丸テーブルがあり、それを、数人ずつが取り囲んで話し合っていた。最前列テーブルには、主賓が集まっていた。先生もそこにいた。横の者との懇談が終わる頃を見計らい、次郎は先生のところに歩み寄った。挨拶をすると、予め用意していた名刺を差し出した。先生も膨らんだ名刺入れから、一枚の名刺をもどかしげに取り出し、次郎の顔を一瞥すると会釈をして手渡した。
先生は次郎の名刺に目をやると、講演会で聞いたと同じ穏やかな声で先に言葉を掛けてきた。
「日本海商事という会社は、何の商売をされているのですか」
「K市で社員三十人の樹脂原料の販売会社をしております。小さな会社ですが、顧客サービスに力をいれた商売をしております」
次郎が、先生の名刺を見ると、R大学名誉教授、事業評価研究所所長、沖峰義郎と書いてあった。
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