夢を追う男たち -18/18 [北陸短信]
.by 刀根 日佐志
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戦時下でないニューヨークに神風特攻隊は現存しないが、その現代版はゼロ戦からジャンボジェット機に置き換わり、テロとして確かに存在していたのである。
映画でも、小説でもない超高層ビルの崩壊という現実の世界がそこにあり、全世界を震撼させた。窓下に数片の小さな雲を見ていたときは、ファンタジックな空想が広がったが、後の惨状を想像することは出来なかった。
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世界貿易センタービルを出て少し歩くとウォール街があり、多くの人が歩いていた曇天の日である。肌に触れる風は冷え、荘一は長年愛用の着古した防寒コートの襟を立てた。近くの小さい広場では、数本の大きな木が、葉を全て落とし尖った枝先を、空に向け寂しそうにしていた。この広場を囲むように立ち並んだ灰色の重厚なビルは、窓を閉ざし沈黙している。だが歴史の重みが伝わり、腹の底まで響いてきた。
この街は世界経済を動かしている、また世界を牛耳る金融界の王者が幾人も生まれていったのだ。
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荘一は四枚目の写真に、もう一度視線を注いだ。
世界経済の中枢を担っているウォール街はなぜか静まり返ったものに見えた。それは閑散としたどこかの裏通りのようだ。耳の底にシーンとした音が入り込んでくる。静寂を誇示する音色に違いない。すると荘一は自分が、このたたずまいの中に就縛され消えていく気配を感じた。
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木枯らしが吹きつけ雪が舞い、辺りを真っ白にした建物を、雪で埋め尽くしていくのが見えた。そこには、相当着こなし萎れた防寒コートを着た男以外に、誰もいなかった。その男が雪を踏みつけ歩いて行く。不思議なことに新雪にめり込むことなく、わずかな靴跡だけを残している。後ろ姿は小さくなり一瞬、振り向いた。禿げ上がった広い額に長い顔が印象的に感じた。軽薄で小心者に見えるその男が、何かを呟いている。
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「俺は高岡銅器が動かない飾り物では詰まらない。メリー・ゴー・ラウンドのように動かして見せよう。でもそんなものは売れなかった」
「ケーキ屋で箱を包装紙に包み、紐で結ぶのが待ちきれずに、包装紙に紐を装着した物を考えてみたが売れなかった」
「ゴルフで、ダフリとシャンクの出ない、パターのように打つアイアンクラブを作ってみた。よく入る片手で打つ小槌のようなパターも作ってみた。いずれも失敗に終わった……」
「俺にはヒットという文字はない……」
何かブツブツ言いながら歩いていく。反省なのか、ぼやきなのか判然としないが、なおも言い続けていた。
「………」
「……」
「…」
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その男は一途に、新雪を踏み歩み続け、遠のいて行く。なぜか降る雪は、その足跡のみを避けているかのように弱弱しい窪みを残していく。やがて、貧相な後ろ姿は小さく粒のようになると消えていった。
(了)
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